呉服・和装・印伝 山森呉服店掲示板

お陰様で創業106周年。店主エッセイが多いかな。

北の大地2017④

太平洋沿いの国道336(ナウマン国道)を延々北上。
上陸初日9月8日夕刻5時ちょっと前、襟裳岬から47Km。数少ない町(広尾町)に入ったのですかさず初給油。
北海道大陸は早目の給油が基本だ。トリップは320Kmほど。15.5ℓ入った。
広尾までの移動は下図の通り。

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地図右端上の丸印が宿のある浦幌。少し方向を変えると帯広も遠くない所だ。
さて、広尾の町の少し北の海岸旭浜に、戦争中に作られた廃トーチカ群があるので寄ってみよう、という名コーディネーターS氏の提案に従った。
が、現地でナビや地図を駆使しても探せない。「あるいは道路から離れているのかもしれない」とのこと。

残念だが諦める。
広尾の町で給油したのが5時近かったから、旭浜を発ったのは5時20分とかそれくらいではなかったか。
間もなくとっぷりと初秋の日は暮れた。

先行車も、後続車も、対向車も、歩行者も、集落さえ殆どない暗いナウマン国道を相当なスピードでひた走る。
「この速度で鹿や狐が飛び出してきたら」などと考えながらひたすら走る。頼りは三台のヘッドライトだけだ。
この広尾旭浜から浦幌駅前の宿までの小一時間、63kmは、今回の旅の中で相当印象に残った走行となった。

18:16、人も歩かない、車もあまり走っていない静かで小さな町、浦幌の駅前にある小さな旅館に着いた。
あまり遅くならなくてよかった。必死にブイブイ走った甲斐があったというものだ。
さて、この日の全軌跡を。↓

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襟裳岬から127Km、苫小牧港からは304Kmだった。僅か7時間でこの移動は年寄りにはたやすいことではない。

さてこの、年配のおかみさんが一人でやっておられるような旅館、実によかった。
一泊二食付きでなんと6,500円だったろうか、安い他にやや年季を感じさせる建物・部屋も実に清潔だった。
素晴らしい。おかみさんと、この宿を探し出し予約してくれたS氏に感謝します。

P1010957 - コピー  夕食。

P1010961 - コピー  朝食。いずれも心のこもった、必要十分なもの。

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私の部屋。新しくなくても質素でも、「清潔であれば心地よい」の見本のよう。機会があればまた泊まりたいくらいだ。
入浴、夕食後、近くのコンビニに三人で出かけ、少しのアルコールとつまみを買い、この部屋で夜会。
上陸初日の夜も遅くなく寝た。沢山走るには朝早い出発が欠かせない。



  1. 2017/10/23(月) 17:31:49|
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北の大地2017③

振り返ると、日高道を門別で降りてからは一貫して海沿いの国道(サラブレッドロード)を走るが、静内、様似、襟裳などいくつかの町を通る内、最も大きな町は浦河だった。
浦河というと地震を想起するのは私だけだろうか。

新冠の手前には日本唯一という「泥火山」、様似にはローソク岩や親子岩他、観光ポイントはいくつかあったが、秋の日つるべ落とし。
あれもこれもすっ飛ばしてひたすら走る。途中から雨も降りだした。15:24、襟裳岬到着。

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ここだ。到達感があった。

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苫小牧から4時間ちょい、178Km。(ピンク線は新冠道の駅からの軌跡)

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↑遊歩道で行けるぎりぎりの先端まで行ってみた。

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岬には食堂兼土産屋が一軒あるきりで人もあまりいない。この岬の大美点だ。森進一さんの歌を思い出す。
ひとえに場所(各種交通ターミナルから遠く、周遊コースからもど外れている)が理由だろう。

やばい。4時だ。今夜の宿は浦幌。120Km以上先だ。
連れたちは若いが、自分は還暦目前。なるべく暗い道は走りたくない。出発。
 



  1. 2017/10/20(金) 21:28:33|
  2. バイク
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北の大地2017②

9月8日(金)。

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「きたかみ」は定刻の午前11時より前には苫小牧港に接岸した。

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トラック、車、人、下船は順調に進み、いつも最後になるバイクも11:10には下船。
天候は晴れだったか曇りだったか。北の大地2017ツーリング、即スタートした。

港から間もなくの沼ノ端ICから日高道へ入る。この高速は40Km先の「日高門別」まで出来ており、おいしい無料供用中だ。
更に国道235を27Km進み、12時半頃新冠(にいかっぷ)の道の駅で小休憩。

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↑フェリーターミナルから78Km。矢印のあたりだ。

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この道の駅の名は「サラブレッドロード新冠」。
数多くの名競馬馬の産地らしく、施設の過半はその記念館のようだ。写真の像は彼のハイセイコー。

腹減った。ここから16Km進んだ所にポツンと食堂がある。

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ツアーコーディネートの達人、S氏が狙いをつけていた店だ。13時ちょいに到着。
メニューも彼に任せれば間違いない。

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これ全部食ったらおれの中性脂肪はどうなるか。巨大な揚げたて海老天が四つ。
三人とも完食。しみじみ美味かった。S氏のお陰で上陸第一食目、大当たり。
地元の人が食べていた「磯ラーメン」も美味そうだったな。

13:48、さあ出発。目指すはこの日最大の目的地襟裳岬だ。






  1. 2017/10/20(金) 14:18:24|
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北の大地2017①

去る9月7日(木)、ライフワークのようなムードも漂ってきた北海道ツーリングに出発。
これで6年連続6度目となる。何と幸せなことか。

今回の主目的は、襟裳岬、根室、野付半島の踏破。
これが実現すれば、大雑把ではあるが「北海道大陸」をほぼ回れたことになる。
だから彼の地へのツーリングは今回が最後になるかもしれない。

連れはお馴染の二人。乗る鉄馬は、新旧はあるが三人とも同じホンダCB1300だ。
初日のこの日の移動は、19:40仙台港出航の苫小牧行きフェリーに乗り込むのみ。

雨。また雨中の出発だ。もう慣れているからどうということもない。
まずは無限のS氏と寒河江インターで16時半頃待ち合わせ、即出発。
山形自動車道を30分、37キロほど走った先の古関PAに入り、ここで待合せのガスマン氏を待つ。
彼は17:30頃到着、即再出発。

日没に加え、雨によるヘルメットシールド外側の雨滴、内側の曇り。
悪視界に悩みながらフェリーターミナル到着。寒河江から仙台港まで全て高速を使った。

今回乗る船体は「きたかみ」。以前のブログを読み返すと、この船に乗るのは初めてではないようだ。
太平洋フェリー航路就航3隻の内、最も古く小さい船だが、それは他の二隻と比べれば、の話であり、何ら問題ない。

手続き(G氏に毎年おんぶ)、乗船、予約の部屋で旅装を解き、即大浴場で入浴。
風呂から上がればフェリー最大の楽しみ、バイキング夕食だ。が、従来と料金が違う。
1,500円と、これまでより500円安くなっている。「高い」という利用者の声が多かったのか。

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まあ、安くて助かるじゃないか、と思いながらレストランに入るとすぐにがっかりすることになった。
バイキングメニュー中、最も楽しみにしているサーロインステーキがなくなっていたのだ。
代わりに登場していたのはポークソテー。それじゃ代わりにならないよ。残念。

紙コップに自分でサーバーから注いでくる生ビール(350㏄)も500円と安くない。
以前はちゃんとしたジョッキに入れて従業員さんが手渡ししてくれたと思うが。
二杯目はレストラン内にある自販機の缶ビールにした。これで十分。

北海道ツーリングにフェリーは付き物だから、青森⇔函館、苫小牧⇔八戸も含め船に乗るのは今回で12回となる。
さすがに慣れ、遅くなく(22時とか)床に就いたと思う。一度使ったら二度と雑魚寝の二等船室には戻れないB寝台だ。

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この日の走行は家から仙台港までの92Kmのみ。

(つづく)






  1. 2017/10/19(木) 11:28:35|
  2. バイク
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日大予選落ち(追記加筆)

わが地方で「日大」というと、「日本大学」と「日本大学山形高校」のどちらを指しているのか判然としない時がある。
この記事では「日本大学」を指す。

昨日行われたのか、箱根駅伝予選会で、わがN.(エヌドット)はやはり大会伝統校の明治と共に落選した。
次点の11位だったようだ。次女から連絡が入り、ニュースで確認した。何ということだ。

そういえば数年前にも一度あった。
N.の選手が一人入っているので、本番に参加はするが順位は関係ない、例の「学連選抜」チームを応援したっけ。
わびしい観戦だった。

箱根駅伝には伝統校も新興校も強豪が犇めいている。
強い大学には強い選手がより集まるだろうから、一度落ちると再び這い上がるのは難しくなるのではないか。
次の正月は一体何を楽しみに過ごせばいいのか。一校友として母校の奮起を祈る。




追記
高校野球秋の東北大会が行われているが、我が日大山形高校が珍しく勝ち進んでいる。
一回戦で福島第3代表の学法石川に、二回戦で宮城第1代表の仙台育英に、
昨日の準々決勝では、県勢同士で勿体無いことだが本県第1代表の酒田南に勝った。

次の準決勝では強豪花巻東と当たる。
厳しい試合になるだろうが、まあここまで来ればどこと当たっても楽ではないだろう。
秋の大会の戦績が春の選抜出場に大きく影響するらしいから、次戦は是非頑張ってもらいたい。

わが母校、夏の甲子園は時々出場し、県勢の中では結構いい勝率を記録しているのだが、春はなかなか出られないでいるから。



  1. 2017/10/15(日) 12:11:41|
  2. 店主の部屋
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城址訪問備忘2017.10

10月9日(月)、体育の日。晴れ。暑い。

1.天童古城
  画像あり。人間将棋広場以外は初踏査(本丸、北郭)。
  南郭は本丸から見下ろしただけ。
  曲輪がすごい。
  眺めもすごい。寒河江、東根、山形城丸見え。
  さすがは南出羽最大の山城。

2.東根城
  画像あり。小学校の外側を一周したがよくわからず。

以上二件とも事前に手持ち資料を頭に入れないで行ってしまったため、理解は今一つ。
文献をよく読んで再度訪れた方がよい。


  1. 2017/10/11(水) 09:25:35|
  2. 店主の部屋
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秋葉山楯・小漆川城

去る10月1日(日)、朝日町大谷地区に聳える秋葉山(あきばさん)楯跡に初めて、
大江町左沢(あてらざわ)の小漆川(こうるしがわ)城址に二度目の、それぞれ訪問をした。

どちらも画像は得た。あまり時間をあけずにここに書きたい。段々たまっていく。まずい。

ところで小漆川城址は第一回目にはしなかった城域逍遥をし、
秋葉山には専門家の先生が描いた「縄張図」のコピーを持って登山。
少しは「らしく」なってきたかな。


  1. 2017/10/04(水) 20:47:42|
  2. 店主の部屋
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成沢城址初訪問2017.9

台風一過の去る18日(月:敬老の日)、念願の成沢城址(山形市)を訪れた。
先日の畑谷城址のような強い刺激は無かったが、目を瞠る大堀切のある、素晴らしい城だった。

また、北(山形城)、西(白鷹丘陵)、南(上山:かみのやま)方面を一望できる立地には唸らされた。
その他の特筆事項も数点あり、画像付きで改めます。お楽しみに。

といって、畑谷城第二次訪問の記事もまだ書いてないんだよなー。
このまま溜まっていったらどうするのか、自分にとってもまずいのだが。

ま、焦らず頑張ります。(おいおい!)




  1. 2017/09/20(水) 20:44:30|
  2. 店主の部屋
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第六次北海道ツー

に行ってきた。

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9月10日(日)。道東、中標津(なかしべつ)郊外の「開陽台」展望台から武佐岳(むさだけ)方向の大パノラマ。
さすがに六年連続六度目。大雑把にではあるが、「北海道大陸」を今年でほぼ周り終えることができた。

P1020064 - コピー    摩周湖第一展望台

六回を通し、心強い同行の仲間に恵まれ続けたたこと、
毎回相当な距離を、若い仲間に伍して連日走れる体を親からもらったこと、
毎回1000キロ超の旅を、毎年無事に走らせてくれた神仏の御加護、
毎回快く送り出してくれた家族、

色々なことに感謝しつつ、とりあえず今回を集大成とする。

私にとって北海道ツーリングは、長い間夢であり憧れだった。
それを一度ならず六回も続けられたこと、まさに夢の実現である。
本州とは全く違う大地に乾杯!



  1. 2017/09/13(水) 20:13:09|
  2. バイク
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衝撃の畑谷城遺構

六日前、8月最後の快晴の日曜、山辺町の畑谷城址を訪れた。
7、8年前にも一度訪れていたが、その頃は1600年の慶長出羽合戦や城址そのものの知識が殆どなく、ある意味勿体ない訪問だった。

訪問の前夜、ネット上で同城址の驚くべき縄張図を発見。即訪問を決めた。
そして当日、現地では願ってもない幸運が訪れた。
現地の専門家がお声をかけて下さり、一時間かけて全山をくまなく案内、解説して下さったのである。
こんな幸運はそうない。感謝しています。

数年ぶりに改めて訪れた畑谷城址は実にエキサイティングだった。
息をのむ大規模な遺構が数多く確認できたのだ。

すごかった。
これほどの衝撃は、大規模な城(江戸城、山形城、上田城などの別格巨大城址)を除くと、大蔵村清水城址と東根長瀞城址でしか味わったことがない。

次回は画像を皆様にお見せします。お楽しみに。

勢いに乗ったところで、次はやはり数年ぶりに長谷堂城址に行くしかないか。




  1. 2017/09/02(土) 20:06:37|
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佐藤達也 四代目店主

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