呉服・和装・印伝 山森呉服店掲示板

お陰様で創業106周年。店主エッセイが多いかな。

リベンジ失敗

先月20数年ぶりに行ったのに、フェイント定休日のためにありつけなかった、渋谷は道玄坂のインドカリー屋さん。
悔しかったので今月リベンジに行った。

これは先月ここに載せた写真。↓

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ネットで調べ、金曜日さえ避ければと、行ったのが2月11日(土)。
金曜ではなかったが建国記念日だった。

金曜日の他に、マジック手書きで「祝日」が追加してたあったのだ。
ほんとに悔しかったが今度こそ。

で、行ったのが今月19日(日)だ。
金曜でもなければ祝日でもない。今回は食えるぞー!




が、また駄目だった。すでにその日の営業を終えていたのだ。
行ったのが夕方6時。慌て者は看板をもっとよく見なければならなかったのだ。




あまりに悔しいので拾った画を載せます。

リベンジ失敗

味はもちろんだが、一度見たら忘れられないご飯の盛り方。名物の卵。
あああ、早く食いたい。






  1. 2017/03/23(木) 17:23:48|
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ロス

「〇〇ロス」という言葉の使い方、今年あたりからよく聞くようになった気がする。

NHK朝ドラ「あさがきた」で、ディーン藤岡氏演じる五代友厚が死んでしまった時。
この年末で解散するSMAPのテレビ番組、SMAP×SMAPの最終回が流された昨夜。
NHK大河ドラマ「真田丸」が最終回だった先日の日曜。

その都度「ロス」という言葉がネットや新聞などに散見された。
この場合の「ロス」とは「喪失感」の事なのだろう。

私はというと、録画の真田丸最終回を見終わってから、十分「ロス」を感じた。
昨年、バイクで信州上田城、車で和歌山九度山を訪れるという偶然が重なり、
そこへ近年の歴史狂いも相まって、「真田丸ロス」は事前に予感できていた。

スマップも五代も真田丸も、大好きだった人たちは、大げさに言えば
「これから自分は何を楽しみに生きていけばいいのだろう」といったところではないか。
とてもよくわかる。

私も「これからの日曜の夜、おれは何をすればいいのだろう」だからだ。
真田丸は毎回もれなく見たもんな。

とても楽しませてもらったが、欲を言えばもう少し掘り下げて欲しかった。
例えば大坂の陣だけで一年かけるとか。ま、エンタテインメントにそれは無理難題か。






今月18日、かけがえのない人を突然なくした。(我が家の中の事ではありません。念のため)
かつて経験したことのない強く大きな「ロス感」から、今のところ全く抜けられない。




  1. 2016/12/27(火) 17:27:10|
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お導き2

朝日町方面に抜けるべく、山辺の町から走りなれた山道を登り始めた。

すると間もなく左手の道端に看板を見つけた。
昔から気になっている看板だ。急がない道中、ちょっと通り過ぎたところで意を決して引き返し下車。

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なんとなんと!
こんな山中、しかも寒河江からそう遠くない所にかの武田信玄公の大叔父さんの御廟がある!
ぶったまげた。

縁あってこの地に来た信安公は戦で無常を感じ、越前吉崎(なんとついさっき銀幕で見てきた)へ行って、
蓮如上人の下で三年修業し、真宗の奥義を極め再びこの地に帰り庵を結んだと。

Oh!my God!じゃなかった南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏
看板から徒歩で30秒も山に入ると

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整備された廟があった。この先は広大な沢地である。

偶然にしては今日のことは出来過ぎだ。
蓮如様親鸞様そして阿弥陀様のお導きではないのか。

南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏
南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏





  1. 2016/09/19(月) 21:33:55|
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お導き1

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誰にでもある人生のあの時この時の悩み苦しみ。
私も3年ほど前に多少苦しんでいる時、本屋ででも見つけたのか、上の本を買って読んだ。
この世の一切は縁である。

なかなかいいことが書いてあるいい本だったといううっすらした記憶があるだけで、
3年という時間は長く、どんな本だったのかもう頭にない。

最近、なんと新聞折込という形でこんなチラシが目に飛び込んできた。↓

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「なぜ生きる100万部突破」、「蓮如上人と吉崎炎上」。すごい内容である。
本当にそれが映画のテーマになり、折込広告までする映画?!
ちょっと信じられないし、そんな映画が作られたことも、自分がそれを観に行くことも、おかしいくらい唐突だ。

今日、観に行ってきた。我が檀那寺は浄土真宗だ。90分間で二、三度泣いた。
また、江戸時代に生きた我が家の先祖は真宗や仏教をよく勉強しており、自分は全く不勉強なことを痛感した。

しかし・・・
映画は蓮如と弟子了顕と福井県吉崎の寺などでほぼ100%。
おれが読んだあの本は、そうではなかったと思うがなー。

映画が終わり、その山形市内のコンプレックス映画館を出ると、同じ屋根の下の目の前に本屋。
その最も見えやすい所に↓

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これでは買うしかないじゃないか。

で、家に帰るにはまだ早い時間なので少しドライブすることにした。
山辺(やまのべ)町から山を越え、朝日町を経て帰ろう。あの山道は昔から大好きだ。

(つづく)





  1. 2016/09/19(月) 21:07:10|
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ポケモンGOと新庄城址

配信開始されたこのゲームについての論評はしないつもりだったが、気が変わったのでちょっぴり書く。

きのう、新庄城址を初めて訪れた。
ローカルにしては非常に大規模で、遺構もたっぷり残り、今は各神社はじめ公園、アジサイ園として美しく整備されていた。

霞城や熊本城などと同じように、市民の憩いの場であり、郷土の誇りであろうことを容易に推測できる素晴らしい城址だった。

ついでに隣接の「ふるさと歴史センター」にも入館。
唸るほど興味深い資料が展示されており、その前から離れ難かった。

それはともかく、昨日おとといは日本全国で似たような光景を見ることができたのだろう。
城址公園でもスマホやタブレットを食い入るように見ながらうろうろしている少年たちや若い家族連れを見かけた。

一方、公園内の心字池では、小学校高学年くらいの少年少女たちが手製の竿を持ち、ザリガニ釣りに熱中していた。
城の土塁を駆け上がり、駆け下り、躍動している少年たちもいた。




すべて他人が作り上げた小さな液晶ディスプレイの中の世界に、青少年たちが何の抵抗もなく没入している姿には恐ろしさを感じる。

肉体や、五感や、ハートの健やかな成長は、自然界のあらゆる事象に接し、経験を重ねることで実現する。
スマホを握って生まれてきたかのような世界中の今の子供たち。
10年後、20年後のこの世界はどうなっているのだろう。

我々大人(親)には子供たちを導く義務があるのではないか。
手遅れにならない内に。





  1. 2016/07/25(月) 07:34:13|
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五條③

10月19日早朝、その素晴らしい五條新町を歩いていたら妙なものが目に入った。

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なんだこれは?
鉄道なら別のところを通っているのだが。

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水道橋?それにしては位置が高すぎるような。
ん?橋桁に何か書いてある。

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おおお!未完鉄道の遺構だった!なんということ!

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いまだに残っているとは!

そういえば、私と同じ地方に住む皆さんは「左荒(さこう)線」という言葉を聞いたことがありますか?
私の最も古い友人の父上が昔々、寒河江市会議員をなさっていた頃だろうか、
「左荒線」期成のご意見をどこかに書いておられたのを読んだことがある。

そう、我らが「JR左沢(あてらざわ)線」終着駅の左沢と、現フラワー長井線の終着駅「荒砥(あらと)」を鉄道でつなぐ話だ。
つなげば山形県の内陸に鉄道環状線が出現し、広域に様々なメリットが齎されるという話だ。

「幻の五新鉄道」を初めて知り、そんな話を思い出した。
しかし何という町なんだここは。

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朝の新町通りを縦断し、帰りはすぐそばの吉野川堤防を歩いて宿に戻った。

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生涯頭に残りそうな町、五條。泊まってよかった。

(五條の巻 完)







  1. 2015/11/11(水) 21:56:22|
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五條②

思いがけず明日香で石舞台や酒船石を見ることができ、非常に満足して五條のホテルで第一泊。
翌早朝(10月19日)、高野山に向かう前に、32年前は見過ごしてしまった五條の名所を散歩した。

ホテルのすぐ裏、五條新町通りである。

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1Kmにも及ぼうかという、少なくとも半世紀は時間を巻き戻したような、古い町屋100%の通り。
知らなかった。日本にはこんな所があるのだ。

驚いた。この佇まいの中で多くの人々が暮らしているのである。
「ああ!素晴らしい!」「おお!すごい!」。歩いている間中何度も嘆声を上げざるを得なかった。

実は昨夜、夕食後の散歩中に見つけたエリアである。
そして、この稀有の通りを歩いている時にまた一つすごいものを見つけてしまった。


(五條③に続く)






  1. 2015/11/09(月) 21:24:19|
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五條①

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明日香村、五條、橋本、九度山、高野山の位置関係はご覧の通りである。
明日香、五條は奈良県。橋本、九度山、高野山は和歌山県だ。


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↑ ピンの位置が五條。
しかし、東北の私にとってはもはや京都も大阪も奈良も和歌山もみな一緒に見える。

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800余キロ、遥々行ったものだ。

高野山をたっぷり見るには一泊二日は完全に無理。
高野山またはその近くに宿をとって二泊し、中日が(なかび)高野山攻め、初日と最終日は移動あるのみ。

ではなぜ二泊の宿を五條に定めたか。
高野山の宿坊という手もあったし、五條よりは高野山に近く、町も大きい橋本が最も正解に近かったかもしれない。

ではなぜ・・・
理由その一。
車で一日がかりで関西に行くなんていう大冒険は初めてであり、不安だったからだ。
高野山までの830キロよりは少しでも近い、800キロ走行で済む五條。

その二。
先日書いた通り、遠く過ぎ去った若い日に一人五條に泊まったことがあったから。

奈良県五條市。人口三万数千人。寒河江よりも小さな町だ。
32年ぶりにこの町を訪れたが、全く、完全に記憶が無い。

だが、二度目の五條ではただ寝ただけのあの時と違い、大きな発見がいくつかあった。

(②につづく)







  1. 2015/11/08(日) 22:20:09|
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高野山③(奥の院他)

10月19日(月)。

さあ、壇上伽藍、金剛峰寺という高野山の二大聖地を見終わってもまだ午前。
いよいよ足で歩いて三番目、同山東端の大スポット奥の院に向かう。

ここは先日書いた通り、30数年前バイク一人旅の時にも訪れた所だ。
が、記憶はあまりない。

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奥の院は秋の陽に美しく照らされていた。

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覗き込み、底の水に自分の姿が写っていないと余命は三年以内という伝説のある「姿見の井戸」。
水と光がある限り見えない訳は無いから、とても安全な伝説なのでは?

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秀吉公や前田さん、毛利さんや伊達さん、酒井さんや佐竹さん、石田さんや島津さん、
全国各地の大大名の墓所が数え切れないほど並んでいる。
一体どれだけ歩けば弘法大師様の霊廟に辿り着くのだろう、というほど長い長い墓所・参道だ。

だが遂に奥の院に到着。

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この川の先は大師様の聖地。完全撮影禁止。拝観料を支払い、堂内を見学。
最後に地下に降り、大師様が今も瞑想を続けておられるという真ん前まで行ってお参り。
ここはすごかった。

壇上伽藍金堂ご本尊御開帳参拝と並び、実はここが遥々高野山までやってきた二大目的の一つなのである。
大師廟参拝は非常な感動があったのだが、今となっては文章に表すのが大変なので割愛する。

私(我が家)はなまんだぶの門徒なのだが、今回だけ
南無大師遍照金剛 南無大師遍照金剛

また長い長い参道を戻る。とその時、無数の墓所の中からこれを見つけた。

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信長公墓所のあるこの地にあるのだ。

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光秀公の墓石の真ん中のやつが、何度取り替えてもこのように真っ二つに割れるのだとか。
伝説が生まれるわけだ。

長時間の奥の院ウオーキングを終えると、午はとうに過ぎている。
疲れた足に鞭打ち、昼飯をさがしてまた歩く。

この地は、参拝・観光客が多い割に食う所が異様に少ない。
小さなありふれた食堂に入り、13時半頃だったか、やっとありつく。

食後でもまだ時間がある。次は少々バスに乗って徳川家霊台へ。

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手前が家康公の、奥が秀忠公の廟。この二人の廟が並んでいる。
家康廟にはご覧の通り鳥居があり、秀忠公のものには無い。なんでだろう。


次は最後の訪問地「大門」へ歩く。足がきつい。ラストスパートだ。頑張れ。

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説明通りの立派な門だ。

午後3時を過ぎた。またまた歩いて駐車場へ。
午前9時ちょうどから始まり6時間以上。私も妻もよく歩いたものだ。足が棒。
日頃のウオーキング習慣が少しは功を奏したか。


和歌山県橋本市からここまで登ってきたR370の30余キロもひどかったが、
32年前にもバイクで走ってあまりのひどさに驚いたR371でまた橋本へ下る。
スリル満点の道路だ。が、楽しかった。

秋の日はまだ暮れない。橋本市近郊の九度山町へ向かう。
関ヶ原後、家康は真田幸村を蟄居(幽閉?)させたのが九度山なのである。


(高野山編は完。とりあえず、お読み下さりありがとうございました。でもまだ九度山と五條が残っている。)
(もっと言えば「長野ツーリング:真田への旅」も、まだ上田と小布施を書いてない。困った)







  1. 2015/11/06(金) 21:46:51|
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高野山②(金剛峰寺・三昧院)

見どころ一杯の壇上伽藍を後にし、次は金剛峰寺(こんごうぶじ)に向かった。
広い高野山だが、移動の基本は徒歩だ。まだまだ先は長い。

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金剛峰寺正門。32年前の夏、入らないでしまった所だ。
今回はちゃんと拝観料を支払って本堂にも入る。

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とにかく美しい。精神がピリッと張り詰める美しさだ。

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2千人分のご飯が炊ける竈とか。今は使われていない。
ここには豊臣秀頼が秀吉から死を賜って自刃したという部屋もあった。
南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏。

ここでは茶菓まで馳走になった。お金を払って入堂するとしないとでは体験が全く別物になるのだ。

拝観を終わり、三番目の目的地「奥の院」に向かって歩き出すと、世界遺産の寺院の看板を見つけてしまった。
寄らざるを得ない。三昧(さんまい)院である。多宝塔の御開帳というタイミングが我々の背中を押した。

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塔内には実に柔和なお顔をした仏様が五体おわしました。撮影禁止。

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ここは壇上伽藍や金剛峰寺と異なって拝観客は少なく、静かに時間が流れていた。






  1. 2015/10/31(土) 21:29:00|
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佐藤達也 四代目店主

Author:佐藤達也 四代目店主
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