呉服・和装・印伝 山森呉服店掲示板

お陰様で創業106周年。店主エッセイが多いかな。

辞煙一年

忘れもしない昨年8月9日は、長年続けた喫煙を辞めた日だった。
あれから一年、ただの一本も吸わずに済んでいる。

勿論、自分の意志の強さを自慢する気など全くない。
歯科医の指摘と我が身(健康)可愛さが辞煙成功原因の全てだ。

加齢もあるが、長年の喫煙習慣が歯周病(歯痛含む)の最たる原因だと。
現にその結果、この正月に大事な奥歯を一本失った。

歯や歯茎が健康な頃の状態に戻ることはなかろうが、
病の進行をせめて遅らせることは出来るかもしれないという一縷の望み故だ。

だから過去何度か失敗した「禁煙」ではなく、自ら吸いたくなくなった「辞煙」と表現したのである。
当然、この一年間は禁煙に付き物の禁断症状とは全く戦わなくて済んだ。

正直に言えば最初の数カ月間は、たまに「あ、今吸ったらうまいだろうな」という気持ちになる瞬間があった。
が、時間の経過とともにその回数は減り、気が付けば半年も過ぎたこの春あたりからは全くなくなった。

昔から人に聞いてはいたが、タバコを辞めることには「医者の脅し」ほど効果的なものはないのかもしれない。

とはいえ、38年間、禁煙時期を控除しても37年間という膨大な喫煙歴に対し、この度吸わないでいたのはただの一年。
もう二度と吸わない、なんてどうして言えようか。
そのことを考えれば「辞煙」ではなく「休煙してます」程度でいいのかもしれない。

それにしてもタバコを吸わないといいことずくめだ。
お客様と応対する時に、自分のタバコ臭さを気にしなくていいし、火の始末も要らない。
家族に文句を言われることも無いし、家も店事務室も車内も全く汚れない。

更にはお金が余って貯まって・・・







  1. 2017/08/10(木) 08:37:12|
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最上小国城址初訪問

四百数十年前、第11代山形城主最上義光(よしあき)の、最上八楯(寒河江・谷地・天童など)攻略に多大な貢献をしたのではないか。
現天童市蔵増(くらぞう)の城主倉津さんは義光さんの覚えめでたく、現最上町の中心、現向町を見下ろす山城、最上小国(おぐに)城主に栄転した、といった話を読んだことがある。
(後記:権威ある先生の書物によると、倉津さんの栄転理由は、八楯攻めではなく細川小国さん攻めとあった)

去る二日、現役パイロットの従弟と共に、同城址の本丸跡(山頂)まで登山してきた。
麓に公民館があり、そこに車をとめた。登山口までゼロメートルである。
そこにはお定まりの案内板があったが、ペンキ書きやスクリーン印刷ではなく、珍しくビニールフィルムに印刷され貼ってあったが、なぜかびりびりに破れてほぼ全失状態だった。
残念。

息が弾まぬようゆっくり登ると、20分もかからず本丸跡に着いた。
今は本丸はじめ、全山が杉林に覆われている山城だが、なかなか良さそうな山頂平だった。
本丸跡を示す木製標柱が一本と、細川殿様(元々のここの城主細川さんの末裔か)隣席の下、数年前に神事が執り行われたことが記されている質素な記念板が一つあるだけだった。

DSC_0865.jpg


いつものように登山道沿いから見渡せる景色だけが我々にとって全てだったのだが、素人でも見事な二重帯曲輪(くるわ)や、なかなか深い空堀を一カ所ずつ視認することができた。
満足して下山し、駐車場に一歩踏み出すと、オニヤンマとトカゲが我々を見送ってくれた。

最上地方の城址巡り、小規模な楯(たて)はまだまだこれからだが、新庄、清水、鮭延、そして小国と、最も訪れたかった所はほぼ踏破できた。
大変幸せである。

次はどこへ行こうか。
あ、最上地方であればまだ一つあった。現鮭川村だろうか、庭月城址がまだだったな。




  1. 2017/08/06(日) 08:52:21|
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初義歯

今日出来てきた。
正月に抜いた上左奥歯一本、半年ぶりにうまる。
モツがよく噛めるかな。



  1. 2017/07/26(水) 21:55:06|
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「拍手」に御礼2017.6

昨年暮れに「ブログ改変のご挨拶」をし、アップを月数本程度に激減させてから早や半年経ちました。
それにもかかわらず、たまのアップに対し相変わらず「拍手」クリックを下さる方。
ありがとうございます。心から御礼申し上げます。





  1. 2017/06/15(木) 10:12:13|
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Sir James Paul McCartney 2017

彼に、もうすぐまた会える。


神様




  1. 2017/04/06(木) 22:49:54|
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今様コンサート

20年ぶりくらいで「今様」アーティストの「今様」コンサートを聴きに行ったのが、10年ほど前のスカパラじゃなかったかなー。
あの時は驚いた。

観客全員「終始」総立ちだったのだ。
ただ立っているだけではなく、こぶしを握り締めた片手または両手を天井めがけて突き上げ、ジャンプし続けていた。

全員だ。もう一度書くが2~3時間「終始(Full time)」その状態だった。
20年くらい離れている間に世の中変わっちゃったんだ。辟易した。

初めての事態に度肝を抜かれたが、周りの観客と共に立ち、一緒にジャンプしないとステージが見えない。
しかし私のジャンプは長続きはしなかったと記憶している。私はマサイ族ではない。

ジャンプせず、ただ立っていれば半分の時間はステージが見えるもの。
そして当然、私は腕は振り上げなかった。大変だもの。


それから何年も経ち、仙台にサラ・ブライトマンやKISSが来てくれたので聴き(観)に行った。
サラで立つ人はいなかったが、KISSは終始総立ちだった。
が、その時は奇跡的にスタンド最後列だったため、尻を掛けるのにちょうどいい高さの鉄柵があり、奇跡的に助かった。

また、おととしのTOKYOドームでのポールの時は、アリーナの観客は総立ちだったが、
私がいたスタンド席は、周りの多くが年配の方々で終始座っていてくれた。
助かった。




ではそのスカパラより遥か昔はどんなのに行ったか思い出してみると、
山下達郎、谷山浩子、TULIP、キャロル、加藤和彦とサディスティック・ミカバンドなど。
まあ相当盛り上がっていたろうが、終始スタンダップ、終始ジャンプは無かったと思う。



今の「今様」はどのアーティストもFulltime Standup&Jamp。
そしてfulltime ライト棒振り。

おかしくないか?なんで金払った客が安楽に過ごせずに終始運動を強いられるんだ?

そして最も異様と感じるのは、何千何万という観客が、長時間全く同じ動きをしていることだ。
ロボットみたいだ。気味悪くもある。




  1. 2017/03/30(木) 22:12:15|
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黙禱3.11 2017.3

14時46分。慰霊祭中継のラジオの合図と共に、東を向いて一分間。


CIMG5405.jpg


あの日と、あの後しばらくの日々。
それまで経験したことのない、普通でない日々。

忘れない。

黙禱。



  1. 2017/03/11(土) 15:11:57|
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黙禱3.10 2017.3

たった一晩で10万人もの市民が犠牲になった東京大空襲は72年前の今日だった。
あまりに恐ろしく、あまりに大規模で、体験していない自分は黙禱すら許されるかわからないが、それでも何もせずにはおれない。

戦争犯罪ともされず、裁判にすらならなかった、原爆投下に全く引けを取らない大量虐殺。
神をも恐れぬ「勝てば官軍」。

石造建物だらけのドレスデンには徹甲弾。木造の多い東京下町には焼夷弾。
人をいかに効率よく大量に殺すか、が目的としか思えない。吐気がする。

原爆にしろ大空襲にしろ、
「戦争を早く終わらせるためだ。それが一人でも多く犠牲者を減らす唯一の方法だ」
「戦争を仕掛けたのはそっちだろうが」(これには諸説あるが)
で、許されるのだろうか。

以前も書いたか、女子挺身隊?(学徒動員?)として当時小田原の軍需工場で働いていた、
高等女学校の生徒だった母は、その夜東京方向の空が真っ赤になったことを覚えていた。

見よ!
6年前、日本・世界を震撼させ、人々を絶望の淵に追いやった大震災でさえ、死者行方不明者合わせて1万8千人の犠牲だった。
津波の物的被害は数年で復旧できるが、人災である原発事故の終息には何十年・何百年かかるかわからない。
人間は地球・自然よりもずっと恐ろしい存在ではないのか。

黙禱。






  1. 2017/03/10(金) 22:17:21|
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衝撃:寒河江城新案内板

元寒河江城二ノ丸南西隅、寒河江郵便局西隣に小公園があるのを地元の皆さんはご存知ですね。
昔は郡役所跡にあった池のあたり。小学生の頃は連日我が庭のように遊びまわった場所だ。

その小公園に立っている寒河江城址案内板が新しくなっていることに気付いた。

P1010626 - コピー

以前の簡単な説明版よりもなんだかえらく詳細になった様子。
近づいてよく見ると・・・

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P1010624 - コピー

おおおお!
推定城域が現在の地図と重ねて書いてある!

すごい!これはすごい!初めて見る。
郷土のすごい歴史資料が、おれ様に黙って昨年末に刷新されていた。
じっくり拝見させて頂くことにしよう。興味津々。

一体どなたが作成したのだろう。
教育委員会のどなたか、あるいは同委から委嘱されたどなたか。
尊敬している先生方かもしれない。

それにしてもなんというすごい資料だ。
ちなみにこの案内板、全く同一のものが元二ノ丸西門(現寒河江小学校西側)にももう一つあります。
地元にお住まいでまだご覧になっていない方は、是非ご覧になってはいかがでしょうか。



  1. 2017/03/07(火) 18:27:02|
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クルマ考2017.2

P1010607.jpg

新車購入から10年目に入っている愛車ダイハツミラ。走行距離は10万7千Km超。
年数・距離共にわが家わが社の最長記録をとっくに更新中だ。
昨年10月にスズキスイフトRSを売却してからは、夫婦で唯一台の愛車である。

その頃も書いたが、夫婦で一台でほぼ間に合っている(二台目無駄)生活に気付き、
車検が近づいたRSを思い切って売却したのだ。

ではなぜ10年古(ぶる)のオンボロを残し、ピカピカのスイフトを売ったか。逆ではないのか。
維持費の問題ではなかった。(安いのはもちろん助かるが)

「どちらか一台」となった時、妻がマニュアル・トランスミッションのスイフトを嫌ったのだ。
ミラはCVTだし、二人とも元気なミラを心底気に入っている。結論はすぐに出た。

あれから4カ月半。「万一クルマが足りない時はタクシー・バス・汽車・レンタカーがあるさ」と、
クルマ一台生活を始めたわけだが、今の所まだ一度も困っていない。
「二台目はほぼ無駄」の判断は概ね正解だったようだ。

しかし・・・

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さすがに10年古。サビが目立つ。当然ボディの小傷は無数。
フロントガラスには飛び石によるえぐれ傷も有り、ドライバーズシートには局所的に擦り切れも発生。
ブレーキング時にはギコギコ音が聞こえることも。

ここまで乗れば十分満足だ。初めての経験である。
しかし車検は来年暮まであるし、夏・冬タイヤ共昨年更新したばかり。
もったいないのでもう少し乗らないとね。

それでも気は早いが次のクルマが楽しみになってきた。
生活様式が激変しない限り、相変わらず夫婦で一台の予定なので、大きな車にはならないだろう。
クルマ選び妄想で来年まで楽しめそうである。






  1. 2017/02/26(日) 16:48:12|
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佐藤達也 四代目店主

Author:佐藤達也 四代目店主
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