呉服・和装・印伝 山森呉服店掲示板

お陰様で創業106周年。店主エッセイが多いかな。

黙禱3.11 2017.3

14時46分。慰霊祭中継のラジオの合図と共に、東を向いて一分間。


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あの日と、あの後しばらくの日々。
それまで経験したことのない、普通でない日々。

忘れない。

黙禱。



  1. 2017/03/11(土) 15:11:57|
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黙禱3.10 2017.3

たった一晩で10万人もの市民が犠牲になった東京大空襲は72年前の今日だった。
あまりに恐ろしく、あまりに大規模で、体験していない自分は黙禱すら許されるかわからないが、それでも何もせずにはおれない。

戦争犯罪ともされず、裁判にすらならなかった、原爆投下に全く引けを取らない大量虐殺。
神をも恐れぬ「勝てば官軍」。

石造建物だらけのドレスデンには徹甲弾。木造の多い東京下町には焼夷弾。
人をいかに効率よく大量に殺すか、が目的としか思えない。吐気がする。

原爆にしろ大空襲にしろ、
「戦争を早く終わらせるためだ。それが一人でも多く犠牲者を減らす唯一の方法だ」
「戦争を仕掛けたのはそっちだろうが」(これには諸説あるが)
で、許されるのだろうか。

以前も書いたか、女子挺身隊?(学徒動員?)として当時小田原の軍需工場で働いていた、
高等女学校の生徒だった母は、その夜東京方向の空が真っ赤になったことを覚えていた。

見よ!
6年前、日本・世界を震撼させ、人々を絶望の淵に追いやった大震災でさえ、死者行方不明者合わせて1万8千人の犠牲だった。
津波の物的被害は数年で復旧できるが、人災である原発事故の終息には何十年・何百年かかるかわからない。
人間は地球・自然よりもずっと恐ろしい存在ではないのか。

黙禱。






  1. 2017/03/10(金) 22:17:21|
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衝撃:寒河江城新案内板

元寒河江城二ノ丸南西隅、寒河江郵便局西隣に小公園があるのを地元の皆さんはご存知ですね。
昔は郡役所跡にあった池のあたり。小学生の頃は連日我が庭のように遊びまわった場所だ。

その小公園に立っている寒河江城址案内板が新しくなっていることに気付いた。

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以前の簡単な説明版よりもなんだかえらく詳細になった様子。
近づいてよく見ると・・・

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おおおお!
推定城域が現在の地図と重ねて書いてある!

すごい!これはすごい!初めて見る。
郷土のすごい歴史資料が、おれ様に黙って昨年末に刷新されていた。
じっくり拝見させて頂くことにしよう。興味津々。

一体どなたが作成したのだろう。
教育委員会のどなたか、あるいは同委から委嘱されたどなたか。
尊敬している先生方かもしれない。

それにしてもなんというすごい資料だ。
ちなみにこの案内板、全く同一のものが元二ノ丸西門(現寒河江小学校西側)にももう一つあります。
地元にお住まいでまだご覧になっていない方は、是非ご覧になってはいかがでしょうか。



  1. 2017/03/07(火) 18:27:02|
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クルマ考2017.2

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新車購入から10年目に入っている愛車ダイハツミラ。走行距離は10万7千Km超。
年数・距離共にわが家わが社の最長記録をとっくに更新中だ。
昨年10月にスズキスイフトRSを売却してからは、夫婦で唯一台の愛車である。

その頃も書いたが、夫婦で一台でほぼ間に合っている(二台目無駄)生活に気付き、
車検が近づいたRSを思い切って売却したのだ。

ではなぜ10年古(ぶる)のオンボロを残し、ピカピカのスイフトを売ったか。逆ではないのか。
維持費の問題ではなかった。(安いのはもちろん助かるが)

「どちらか一台」となった時、妻がマニュアル・トランスミッションのスイフトを嫌ったのだ。
ミラはCVTだし、二人とも元気なミラを心底気に入っている。結論はすぐに出た。

あれから4カ月半。「万一クルマが足りない時はタクシー・バス・汽車・レンタカーがあるさ」と、
クルマ一台生活を始めたわけだが、今の所まだ一度も困っていない。
「二台目はほぼ無駄」の判断は概ね正解だったようだ。

しかし・・・

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さすがに10年古。サビが目立つ。当然ボディの小傷は無数。
フロントガラスには飛び石によるえぐれ傷も有り、ドライバーズシートには局所的に擦り切れも発生。
ブレーキング時にはギコギコ音が聞こえることも。

ここまで乗れば十分満足だ。初めての経験である。
しかし車検は来年暮まであるし、夏・冬タイヤ共昨年更新したばかり。
もったいないのでもう少し乗らないとね。

それでも気は早いが次のクルマが楽しみになってきた。
生活様式が激変しない限り、相変わらず夫婦で一台の予定なので、大きな車にはならないだろう。
クルマ選び妄想で来年まで楽しめそうである。






  1. 2017/02/26(日) 16:48:12|
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辞煙?休煙?

スパっと止(や)めたあの8月9日から、気が付けば半年ちょっと経った。
その間、見覚えのある悪魔が何度かやってきて私にタバコを薦めたが、禁断症状皆無の私に彼は無力だった。

無理矢理の「禁煙」ではなく、吸いたくなくなって止めた「辞煙」は強い。
ほとんど苦しまずに、半年間ただの一本も吸わずに過ごせた。

が、それまでの30数年の喫煙歴と比べれば半年などあまりに短い。
せめて10年も続けられれば「結構休んだでしょ」と言える資格もあろうが。

だから今のところはとりあえず
「ちょっと休んでます」
とでも言っておこうか。






  1. 2017/02/19(日) 20:46:39|
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無念のカリー

先日、訪問先の一つ下北沢まで行ったついで、思い立って久しぶりに渋谷を訪れた。
井の頭線で、各停でも数分あれば渋谷に着く。

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皆様ご存知の通り、渋谷は人でごった返していた。昔もそうだったな。
あの頃(S53~56)は住んでいた場所の関係で、新宿と同じくらい世話になった街だ。
が、その後は新宿にはたまに行くがここにはなぜか滅多に来ない人生が続いていた。

109と、昔は無かったメンズ109を間違えたりして、もうすっかり勘が鈍っている。
次女に笑われながら昔の記憶を頼りに道玄坂、百軒店(ひゃっけんだな)と登っていく。

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あったあった。今も営業を続けていることや、定休日を確認してきたカリー店だ。
二十数年前に妻と小さかった娘たちを連れてきて以来の訪問だ。

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学生の頃、誰に教えてもらったのか、衝撃的なカリーにこの店で生まれて初めて出会ったのだった。
独特の食感、味、ご飯の盛り方、静かでやや暗い、喫茶店のようなボックス席だけの店内。独特の雰囲気だった。

当然人は変わっているだろうが、あの当時は老夫婦が二人でやっていたと覚えている。
「ごちそうさま」。お金を払って店を出る時、ご主人の小声の挨拶はいつも、「どっせっ。」だった。
多分、「うもすいまん」と彼は言っていたのだろう。

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えー!ドアに「CLOSED」がぶら下がっている。
おいおいおい!定休日調べてきたんだぜ!(この日は土曜)

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おーまいごっど!手書きで「祝日」が追加されてる。(この日は建国記念日)
なんてこった。悔しいので次回上京の際にはここを第一目標にしよう。
「どっせっ」。






  1. 2017/02/15(水) 11:39:44|
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浜の真砂③

先頃ご来店下さった初めてのお客様。お年頃は私と同じくらいか。
お客「このきものに合いそうな帯を見せてもらえませんか?」

おれ「いらっしゃいませ。わざわざおきものをご持参下さり話が早いです。ありがとうございます。
  ああ、素敵な紬(つむぎ)ですね
お客「知人のお子さんの結婚披露宴によばれたんです。でも、これに合いそうな帯を持っていなくて・・・」

おれ「えっ!これは紬ですから、およばれには全く向きませんよ」
お客「ええっ?およばれには着て行けないんですかこのきもの?」

おれ「これを着てきたから会場に入るなとは言われないでしょうけれど、あなたは笑われます。
   紬はおよばれ用のきものではありません。普段着またはおしゃれ着です」
お客「だって、私にこれを勧めた呉服屋さんが
   《これ、およばれにも大丈夫ですよ》って説明したから買ったのよ!高かったのよ!」

おれ「およばれには、訪問着か付け下げ、または色無地一つ紋が適当なきものなんですよ」
   嘘や慰めを申し上げてお客様が当日大変なことにならないよう、ここは思い切って真実を申し上げた。
お客「おーまいごっど!」




こちらもおーまいごっど!だ。

すごい呉服屋がいたものである。いや、本当に呉服屋だったのだろうか?
この手の話は昔から尽きることがない。星の数ほどあるトラブルパターンの、ほんの一例である。

振込み詐欺、還付金詐欺が後を絶たないのと似ている。
ニュースや何かでいやというほどそれを聞いているはずなのに、なぜか次々コロリコロリ。

ならば、そういう手合いが無限ならば、こちら(消費者)が知識を身に付けるしかないのではないか。
それが面倒ならその商品を買わないこと。
それでも欲しいなら、どの店が、誰が信用できるのか見抜く能力を備えること。

この業界に身を置き36年。この手の話は千回万回聞いても慣れることがない。


(完)





  1. 2017/02/06(月) 19:03:53|
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浜の真砂②

呉服屋に生まれ育ったとはいえ、私は誇張でなくきものの「きの字」も知らずに修業先に就職した。
22歳、昭和56年だった。

ゼロからスタートし、すごい勢いで知識と経験を蓄えていった。
修業先の上司・先輩、家に戻ってからは家族、仕入先・加工先。
多くの方々に教えてもらい、あるいは見て真似て覚え、吸収を続けた。

が、呉服・和装の先生は実は他にもいた。
修業先の千葉県でも寒河江でも、大勢のお客様方に育てて頂いたのである。
2、3年修業してきたくらいの若造など太刀打ちできないほどの豊富な経験と知識を、当時のお客様方は持っていた。

それから三十有余年が過ぎ、時代は激変した。
きもの離れは進みに進み、多くの日本人に呉服・和装の知識と経験が無くなった。

まず着ないのだから当たり前だ。恥でも何でもない。
誰が不必要で無駄な知識を苦労し、時間を掛け、身につけようとするだろうか。
私だって呉服屋でなければ何一つ知ろうとはしないだろう。

昔、目利きのお客様には下手な商品説明やおすすめなどできなかった。
笑われ、信用を落として終わりだからだ。

が、今は違う。
悪徳あるいは似非(えせ)呉服屋が盲の素人さんを騙そうとする時、それは赤子の手を捻るほど簡単な時代となった。
更に情けなく恐ろしいのは、売る方にもほとんど知識がなく、客に噓や誤りを言っている自覚も無い場合があることだ。

似非呉服屋が赤子お客に呉服をすすめる時、「これは10万円です」「50万円です」「100万円です」
と言えば、仕入原価がいくらのものであろうと盲お客にとってはその品物はその価格が妥当なものとなり、

プリント染であれインクジェットプリントであれ、似非呉服屋が
「これは手書きなんです」「これ、友禅なんです」といえば盲お客は「そうなんだ」と思い、

反物の端っこにハンコが押してあると「名のある高級品なんだ」と、オートマティックで思い込み、
(ハンコが押してあれば高級品というのなら、私は仕入れた反物すべてに私のハンコでも押してやろうか)

そのお客がなぜかその買った呉服屋にでなく、町の専門店にしみ抜きや寸法直しなどで、
買ったものを高級品である自信をもって誇らしげに持ち込む時・・・

プロは一瞬でモノを見抜く。
それがお客の思っているようなものでない場合、目もあり、真っ当で誇り高い商売しかしていないプロは、
一体どんな顔をしてお相手すればいいのか。

お客が欲するメンテナンスが5万円くらいかかりそうなとき、
「こんな、うちだったら3万円で販売するような代物に、それを上回るメンテ代をかけていいのだろうか?」
しかし依頼する方は、
「30万円もした高級品なのだから、望むメンテが5万円ならやむを得ないレベル」
と考えている、とか。


(つづく)






  1. 2017/02/03(金) 21:34:44|
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浜の真砂①

きものには少し種類がある。TPOのことだ。

小紋(こもん)はおしゃれや茶席用。
江戸小紋は、背に縫い紋が一つ入ったりすれば準礼装。茶席にも。
紬(つむぎ)はいかに高額なものでもカジュアル(おしゃれ・普段着)用。
色無地(いろむじ)は慶弔両用の礼装。多くの場合背に抜き紋を一つ入れる。
留袖(とめそで)は既婚女性の第一礼装。色留袖はそれに準ずる。
振袖(ふりそで)は未婚女性の第一盛装。
喪服(もふく)はお葬式用。
訪問着(ほうもんぎ)や付け下げ(つけさげ)は相手方のお祝い事によばれて行く時に着る。

原則として袋帯(ふくろおび)は礼装で名古屋帯(なごやおび)はカジュアル。
ゆかたは素肌に着て足袋(たび)は履かない。単なる湯上り着。精々縁日や花火大会用。
留袖と喪服は(時に色無地も)、下に着る長襦袢(ながじゅばん)は白。色物はダメ。

礼装時は色物の半衿は使わない。白のみ。(白に刺繡は可)
男の礼装時(紋付きものに袴)は足袋は白。袴は縞。

地域や天候、主義主張・信念にもよるが、絽(ろ)のきものは7・8月用。
紗(しゃ)はそのほんのちょっと前後もOK。(6月下旬~9月初めとか)
単(これで「ひとえ」と読む。裏地のついていないきもの)は概ね5・6月と9月用。
袷(あわせ:裏地付きのきもの)は10月から4~5月用。

また、夏には夏用の長襦袢(絽・紗など。麻製もある)を着、それには絽の半衿を掛け、帯〆・帯揚は夏用のものを用いる。
小物ではあるが冬のものとは全く見た目が違うので要注意だ。


和装のTPOはたくさんある。

(つづく)







  1. 2017/02/01(水) 20:43:37|
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2017城址巡り初め

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織田天童氏のそもそもの居城、成生城(なりゅう:天童市)はきのう初訪問。
そして・・・

今日満を持し、わが県庁所在地にある身近な山形城(霞城:かじょう)址を訪れた。
ご存知戦国の大大名、最上義光(もがみよしあき)公の居城である。

上の写真は隣接する最上義光記念館の受付で求めたもの。「最上記(さいじょうき)」現代語訳を読むのは実に楽しみである。
貴重な展示物が目白押しの立派な記念館、なんと入館無料!太っ腹!


東北最大級の規模を誇る城もすごいが、関ケ原後の57万石という石高も、
豊臣と徳川を除けばなんと日の本中でビッグ5とか。
わが郷土の大名はすごかったのだ。

と言いながらも私が生まれ育った町は霞城から10数キロ北にある寒河江。
寒河江を長年治めたのは大江氏。その大江氏を攻め滅ぼしたのは最上義光。ということで複雑な思いもある。

わが家の本家は昔々、薬師(くすし)・医師として大江氏から請われ、
遥々庄内から月山を越えて寒河江に来、以来厚遇されたと聞いているから尚更だ。




子供の頃から数えて数回は訪れている山形城址、近年の歴史狂いとなってからは初となる。
近すぎて?!なかなか来れなかったが、その壮大さ、復元が進む各種構築物、そして義光公の立派な銅像。
単純に感激して目頭が熱くなった。

本丸は夏期のみ解放とか。また来なくては。
また、記念館も新たな発見がたくさんあり、行ってよかった。歴史ファンには強くお勧めします。







  1. 2017/01/09(月) 17:33:41|
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佐藤達也 四代目店主

Author:佐藤達也 四代目店主
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