呉服・和装・印伝 山森呉服店掲示板

お陰様で創業106周年。店主エッセイが多いかな。

娘たちへ③

さ、そのひいひいじいさん、豊八。
出身は現山形県東根市長瀞(ながとろ)だと昔から聞いている。
という事はお婿さんだ。

本当に我が家は代々お婿さん続き。
豊八が初代であれば、私が佐藤家初の、かつ、唯一の男子である。
だが、私の子供はと言うと・・・

ご存知の方はご存知の通り、娘が二人。のみ。やれやれ。

で、彼は長瀞から現寒河江市丸内 (旧内楯:うちだて)の佐藤家に来てくれたわけだ。
そして寺子屋主宰や区長と、大活躍をしてくれたようだが、
前記事の記念誌に興味深い史料がもう一つ。↓

寒小

粟野先生は商人、相応先生と安孫子先生は僧侶。
その中で「平民 佐藤豊八」ひとりは「農業」となっている。
彼のGDPの「自作」と「小作依頼」の割合を示す資料は我が家にもほとんどない。

これは私の佐藤家の一員としての勘なのだが、あまり自作は得意ではなかったのではないか。
大方の所有農地が寒河江町外(河北町とか)にあり、しかも自作農地の割合が少なく、
従ってGHQの戦後政策(農地解放)により、ほとんど失ってしまったのがその証拠であろう。
すってんてんだ。

また、粟野先生の塾が突出した規模であった事が推測できる。



先日、「内楯旭一流獅子踊り会」さんとも話したのだが、
我が家は昔、内楯に所在していたのだから、
ひょっとすると彼のご先祖と「獅子踊り」をご一緒していたかもしれないのだ。

ご縁とは不思議なものだ。


そして前記事資料には、彼が湯治・風呂と庭作りが好きだったことが記されているが、
次の代の佐藤森太(当店の創業者、私の曽祖父)にそれが受け継がれている。
森太は幼い孫(私の母)を伴って、高湯(蔵王温泉)や湯の浜によく湯治に行ったと聞いている。

また、「桜小路(現:市内南町)に別荘をかまえた」と資料にあるが、
その別荘は私が小学校5年生まで我が家のものだった。
だからはっきり「別荘」の記憶があるのだが、「平民」の末裔が言うのも大いに憚られるのだが、

なかなか広く、立派な庭園であった。
現在のちびた我が家の庭とはくらべものにならない広さと凝った造りだった。
庭の中央にある池には、なんと鯉が泳いでいたのである。

栄枯盛衰、諸行無常、我が家にとって、とても恵まれた時代だったのだ。
うーむ! 信じられん!

そして実は山森呉服店、昔は別の通称があったのだ。
私が子供の頃までは、ご年配のお客様を中心に、「やまもり」とは呼ばれず、
「別荘」と呼ばれていたのである!

桜小路近くに住む、私のマブの父上(70代)はこう語ってくれた。
「我が家では昔、ご飯を山盛りに盛ってもらうと、
今日は別荘だ!と言ったものだ」


豊八が構えた別荘がいつの間にか佐藤家の「本宅」となり、次の森太が別荘の一部を改装して呉服屋を開業したのである。
なんと森太(彼も婿さん)は小学校の校長(廃校となった朝日町和合小)にまでなったにもかかわらず、
何を思ったか、教職を途中でやめての転業だったのだ。

で、彼(旧姓奥)、太は店の名を「山森呉服店」とした。
差し詰め私が初代なら「藤達(ふじたつ)呉服店」か。

我が家は昔、「先生」が二代続いたのである。
一人は「先生」⇒「政治家」
一人は「先生」⇒「商人」

我が身を振り返ると、これまた信じられん。
末裔の私はというと、
ラッパを吹き、バイクでブッ飛ばし・・・

だが、酒と煙草だけは立派にご先祖たちのあとを継いだ。

(完)



  1. 2010/09/30(木) 23:20:13|
  2. 店主の日記
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娘たちへ②

①は思わず話が逸れてしまった。
ではさっそくまいります。


その「寒河江小学校百年の歩み」の目次を見ると、
その冒頭に「寒河江の家塾と寺子屋」という章がある。
寒小の創立を語る上でそれが欠かせない、とのこと。

そこを繙(ひもと)くと ↓

豊八
toyohachi2

寒河江近辺の十人ほどの家塾・寺子屋主宰者の一人として、
ひいひいじいさん佐藤豊八(とよはち)の記事が出てくる。

日本語は難しい。何度読んでもよく理解できない所があるが、
まあ平たく言うと、というか、自分なりに理解すれば、

ひいひいじいさん佐藤豊八は、
江戸時代に生まれ、江戸末期に自宅で寺子屋を始め、読書と習字を教えたが、
明治6年に(なんと本願寺さんに!)寒河江小学校が創立されることになると、
その前年の明治5年に寺子屋をやめ、その後ほとんど時間をおかずに区長を務めた。

大区・小区制?区長?全くわからない。現在の町内会長さんの兄貴みたいなものか?
町長さんの弟分みたいなものか?ご存知の方、教えて下さい。

しかし記事中にある「八カ村」は、現寒河江市のいわば都心部+近郊だ。

まあそれにしても没後16年も経って、有志の方々が顕彰碑を立てて下さったなんて、空恐ろしいほどの光栄。
末裔を代表して当時の有志の皆様に御礼申し上げます。
因みにこの石碑、檀那寺乗円寺の第一墓地(本堂脇)、我が家の墓のすぐ近くにあるので、
お墓参りの際は必ず石碑にも線香をあげ合掌している。

また、豊八とタッグを組み、きっと様々お助け下さったであろう副区長の日塔善兵衛様という方。
やはり末裔を代表して御礼申し上げます。
日塔様の子孫の方がいらっしゃればお会いしてご挨拶を申し上げたいほどだ。

(③に続く)



  1. 2010/09/29(水) 23:15:30|
  2. 店主の日記
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満開

二つの演奏会を来月に控えた櫻花。
9月最後の今夜の練習はさすがにムードが違ってきた。

20人足らずの正規団員に友情出演者や入団予定者などが加わり、
いつもとは全く違う人数での盛大な練習となった。

毎回毎回、決して盛大とは言えない人数での練習が延々と続いていた。
わが団は月に6回の練習回数なのだが、せめてその内2、3回はこういう人数にならないものか。
あるいは毎回、せめて全団員の7~8割くらいの出席率で練習できないものか。

先日その悩みについて、「人によってものの優先順位は違うからね。やむをえない。」と書いたが・・・
それは実は優しい言い方だった。

立派な成人が任意の団体や組織に自らの意志で加わったのならば・・・




とにかく、今日は感動した。
現在の吹奏楽コンクールの基準で言うところの小編成(25人)にも満たないが、
それでもいつもの倍ほどの人数となった。
事象にも音にも感動した。




私は入団4年目だが、今の所欠席は年に2、3回か。
つまり72分の69。 96%だ。「優先順位」のなせる技であろう。
団長と同じくらいの出席率である。腕前はそれとはまったく比例しないが。

もしもいつか自分の「優先順位」が変わってきたら・・・
ま、それはその時考えよう。



  1. 2010/09/29(水) 22:52:26|
  2. 吹奏楽・音楽
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娘たちへ①

生きておればだが、10年後、20年後、ボケるかもしれない。
今の内に書いておこう。
我が家のルーツだ。

意図はしないが、間違いも書くかもしれない。
家系なんてそんなのもだろう。自分が生まれる前の事なんて、誰も見た事がないのだ。
敬愛するわが皇室でさえ、その始まりは朧(おぼろ)である。

だが、もちろん正確は期す。
ではまいります。




東北の田舎町、寒河江の原住民。(うっ!太宰先生みたい)
わが佐藤家は私でまだ5代目なのかもしれない。
というのは、容易に遡れるのはひいひい爺さんまでだからだ。

その前は今のところ全くわからない。
菩提寺は昔大火に遭ったため、大昔の記録は無いという。
市役所に行って戸籍謄本でも貰ってくれば何かわかるのだろうか。
だが今は、そんな事をしてまで調べる気力は無い。

もしも5代前が始祖ならば、そう古い家ではない。
とにかく、今回はその5代前のひいひいじいさんを主に取り上げる

CIMG4720.jpg

「寒河江小学校百年の歩み」という本がある。
今から30数年前、寒小創立100周年を記念して発刊され、多分学区民に配布されたのだろう。
私が中学生の頃だ。

寒小旧校舎全景

懐かしい、自分が通った頃そのままの寒河江小学校の写真。

左側の「く」の字に曲がった黒い屋根の校舎が最も古い建物。大正時代にでも建築されたか。
昭和40年代の在学中でさえ「ボロ校舎」の認識だった。
くの字の左側の方が「北体操場」(体育館)、右側の方が1・2年生時代を過ごした2階建校舎。
写真では見えないが、その裏に相撲場や焼却炉などがあった。

写真右側の赤い屋根が二列に並んでいるのが5・6年生時代を過ごした、当時の寒小では最も新しい校舎。
1階には職員室。
その手前、正方形に近い白い屋根が図書館だった。
これらは昭和30年代あたりの建築かな。よくわからない。

そして赤い二列の後ろ、白っぽい3階建が昭和初期あたりの建築であろうか、
3・4年生あたりを過ごした校舎だ。
屋上付きで、「北体操場」の便所と共に幽霊伝説のあった校舎。

2階か3階か忘れたが図書室が(一つの学校に図書館・図書室が二つ!)、一階には石炭庫があった。
懐かしい!あの頃は石炭ストーブだった。各教室の前の方に一つ。暖かかった。
二人組の石炭当番がバケツとスコップを持って石炭庫に通ったものだ。

そしてその建物の裏になり、さっぱり見えないが新体育館とプールがあった。

現在の寒河江小学校は私が20代後半の頃(20数年前)に建築されたのではなかったのかなあ。
場所は同じだが、おもかげは全くない。
校門を入ってすぐの所にあった、寒小のシンボル柳の巨木。
今も柳の木はあるがあの老木ではない。

いずれにしても、幼少の頃の思い出がぎっしり詰まった母校の旧校舎。
新旧3代の校舎が入り乱れて立っていた、生徒数1500人の、県内有数のマンモス校だった。
だいぶ前に新寒河江中部小学校ができ、学区が真っ二つに分かれたとは言え、
今の寒小の生徒数は私から言わせればさびしすぎる。


ありゃりゃ、我が家の話が小学校の話になってしまった。
失敗! 我が家の話は次号に乞うご期待。



  1. 2010/09/28(火) 21:52:09|
  2. 店主の日記
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きもの・和装のイロハ

まずきもの類の畳み方。

多くの人が日常的には「きもの」を着なくなってから久しい。
つい10年位前までは、普段着のきものを着て町を歩くおばあちゃん達の姿をちらほら見かけることがあった。
また、20年位前までは、家に帰ってからは「きもの」に着替えて寛ぐお父さん達もいた。

少し恥かしいが、お客様にきものをおすすめする呉服屋の私でさえ、毎日は「きもの」を着ていない。

だから、きものの畳み方がわからないこと、
今ではちっとも恥ずかしいことではない。
女性でも、中高年の方でも、わからなくて、忘れて、当たり前だ。
いつも着てないんだもの。

今日はほんのちょっと説明をします。
「きもの」と十把ひとからげにいっても、細分すれば ↓

きもの、羽織、長襦袢、コート、道中着、袋帯、なごや帯、半巾帯、様々ありますね。
実は、一つ一つ畳み方が違います。

というと面倒くさく聞こえるかもしれませんが、大丈夫。
皆さんのクロゼットを開けてみて下さい。

Yシャツ、ブラウス、Tシャツ、コート、スラックス、Gパン、肌着、靴下、セーター、ブレザー、スーツ・・・
全部が同じ畳み方・しまい方じゃないでしょ。

形、材質、用途、大きさなどが違えば、畳み方は自ずと違ってくる。
覚えてしまえば実に簡単なもの。

あまり着なくなってしまったきものだが、
しかしその中でもきもの・長襦袢・帯は使用頻度が高いであろう。
羽織やコート類は着ない時でも、きもの・長襦袢・帯を着用しない時はない。
まずはそれらの畳み方をマスターしよう。

さ、これからが私のブログらしい所。佳境に入ります。

畳み方、うろ覚えになってしまった方、これから挑戦という方、
全く恥ずかしいことはありません
2010年の今、当たり前のことです。
斯く言う私も、滅多に着用しない袴の紐結び、怪しいくらいです。

だが、何枚もの写真をアップしての説明は面倒くさい。
ご来店下さい。(我ながらすごいウルトラC!)
私か家内がお伝え申し上げます。

いやらしく馬鹿馬鹿しい念押しになるが、もちろん無料です。
商品のドサクサ販売や、恩着せをするつもりも全くありません。
当店は創業以来、代々、そういう商売をしたことがありません。

「あ、あなた、ハンカチ落としましたよ」と、拾って差し出す行為に、持ち主に報酬を求める人がいるだろうか。
2010年になっても生かして頂いている呉服屋の義務であろう。
語るも愚かと言う当たり前さだ。

どなた様もご遠慮なくどうぞ。ちなみに当店の定休日は日曜です。





と、こんな感じ。
今回は「ご来店下さい」になってしまったが、出来るだけこの画面だけで解決・完結する記事を多くしたいと思っている。
どうぞご贔屓に。



  1. 2010/09/27(月) 21:55:11|
  2. きもの・和装
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ショートツーリング

猛暑のこの夏、まとまった時間は多分一度もCBに乗らなかった。
いい季節になったので定休日の今日、午前の2時間ほどを使って久々に走る。

自宅から西に数キロ行ったところで信号ストップ。
CBの僚友ガスマンさんもそうだが、私もこういう場合アイドリングストップ。

青になりセルを押すと・・・
ありゃりゃ、始動しない。

出発の時は大丈夫だったのに、少し走ってからエンジンがかからないとは不思議。初体験。

だが日頃の行いが良かったか、不幸中の幸い、いつもお世話になっているモータースさんまで
なんと数十メートルの所だった。
押して行き、お休みの所をご主人に助けて頂き再始動。

時間が無い時のマイフェイバリットコース ↓
自宅⇒R112の月山沢(つきやまざわ)交差点から大井沢(おおいさわ)⇒大井沢トンネル⇒柳川⇒左沢(あてらざわ)⇒自宅。
80km弱のコースだ。

恒例、大井沢トンネル前からのショット。

CIMG4727.jpg

新車購入から今月で満11年となった愛馬、CB1300と月山。
正確に言うと、正面奥に見える峰々の最も左が湯殿山。最も右が月山。
真中が姥(うば)ガ岳。写真では見えないが、肉眼だと姥の山腹にはリフトの線も見える。

そして細かいが、月山と姥の間の小さな二つの盛り上がり、左が「ナントカ森」、右が「牛首」だ。
今年はずいぶん月山連峰と縁があった。

日頃は愛する下駄、Ape(エイプ)100にばかり乗っているが、
今日は久々にスーパーパワーと鬼の安定感を堪能した。

なんにしても、「いい買物」をしようとしてなかなかできるものではないが、
こいつは間違いなく、最高の買物だった。



  1. 2010/09/26(日) 20:24:26|
  2. バイク
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なんなんだ一体!

秋の高校野球県大会。
準決勝で日大山形は酒田南に負け、山形中央は鶴岡東に負け、
で、今日の庄内勢決勝は鶴東の勝ち。

そして、勝てば東北大会に進める3位決定戦、日大は中央に敗れた。
酒南との準決勝にしろ、今日の3位決定戦にしろ僅差の試合だった。
だが負けは負け。


この3年、ただの一回も甲子園に行けなかった。
どうしたんだ一体。

野球も吹奏もやられっぱなし。
なんなんだ一体。

いつからこんな事に。
学校方針がだいぶ前に変わったのは知っていたが、
それにしても母校の栄光を長い事味わってきた一OBとしては切ない。



ではOBの皆さんご一緒に。

♪ どうしたんだ? Hey Hey ベイベー!

うっ!くやしい。



  1. 2010/09/26(日) 19:47:26|
  2. 店主の日記
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焼き付いた

数日前にもあったが、また焼き付いた。
休みます。失礼。

ブログの宿命、二つほど記事を書いてみたが、アップする勇気が出なかった。


おやすみなさい。

楽しい日曜を。



  1. 2010/09/25(土) 22:47:42|
  2. 店主の日記
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幸せ者

おととい、きのうと二晩連続で二人のマブと飲む。
今夜も櫻花練習後にまた別のマブから誘われたが、残念ながらさすがに三連チャンはきつい齢。
またのお誘いをお願いして丁重に辞す。

マブがマジにたくさんいて幸せだ。
しかし、マブと思っているのはおれだけだったりして。
いやいや、男同士、多分そう思ってくれているとしよう。




今夜の練習も充実したものだったし。

また、催し中ではない普通の営業日としては異例な数量の高級呉服ご注文を賜った。
年に何度と無い幸せな日。
とどめは閉店真際。
男性のお客様が印傳屋の高級メンズブランド、隼人(はやと)のバッグをお買上げ下さった。

うーん、どうしちゃったんだろう今日は。
幸せという他、言葉が見つからない。
きのう、例年のお彼岸プラスアルファの仏様の事をしたのが良かったんだったりして。

南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。




  1. 2010/09/24(金) 22:44:58|
  2. 店主の日記
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蟷螂の斧

出先から店に戻ると座売りの上がりっぱたに荷物が ↓

CIMG4716.jpg

「何これ?」と妻に問うと、「あなたにです」

開けて納得 ↓

CIMG4718.jpg

市内の親戚のタバコ屋のおじさんがわざわざ持ってきてくれたそうだ。
10月1日からの前代未聞の大巾値上げに備えて10日ほど前に予約していたのだった。

10カートン(100箱)。これで正月までは間に合う勘定だ。
3万円。妻が立替えてくれていた。
なんでそんな大金を持っていたのだろう。
まあいい。助かった。

なんとティッシュ5箱のサービス。ありがたい。
だが上の写真通り、段ボール箱の中に更に紙袋が入っている。
開けてみると ↓

CIMG4719.jpg

念入りなご厚意に感謝。




納税者への感謝を忘れたこの度の恩知らず値上げ。
例えば私が吸っている銘柄はひと箱300円から410円になるのかな?
私は一日ひと箱吸うから、月に3300円の出費増になる。
一日ふた箱の愛煙家なら6600円の増。ひどいものだ。

今回の値上げで少なからぬ人たちがやめるかもしれないが、残念ながら私は踏ん切りがつかなかった。
いっそ、ひと箱1000円にでもなってくれればやめるかもしれないが。

正月からどうするか。その時にならなければわからない。

愛煙仲間のあなた、あなたはどうしますか?



  1. 2010/09/23(木) 13:55:01|
  2. 店主の日記
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くもん

「汝苦しみの中にいて苦しみの顔をすな」

といったような言葉が聖書の中にあったような。
詳しい方、教えて下さい。




きのうから今日にかけて悶え苦しむ。

なあに、生き死にとは関係ないのでご心配なく。

ただし、凡人なので顔に、言葉に出して悶え苦しむ。




山森殺すにゃ刃物はいらぬ。メールと電話をすればいい。

心震えるメールや電話を下さった方々、感謝しています。愛しています。

そしてごめんなさい。





  1. 2010/09/21(火) 20:20:33|
  2. 店主の日記
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日常生活力

夕食後、夏休みの終わったアホ娘を仙台のアパートまで車で送って行った。
ええ、そうですよ。「バカ親」と言って頂いて構わない。

言い訳がましいが、今回は荷物が多かったのだ。
冬物衣料を中心に、帰省した時の数倍の荷物になったからである。
また、寒河江⇔仙台という適度な距離もバカ親を発揮させる格好の要因であろう。

また、娘が帰省中からアパートの問題を訴えていた事もあったし。
ユニットバスなのだが、浴槽でシャワーを使うと、すぐ数十センチ隣の便器横の床にあるもう一つの排水口から水があふれてくるというのだ。

浴槽の排水口は問題ない。とすれば・・・
便器横の排水口のメッシュを取り外してみた。

ビンゴ!

そこにはどえらい量の髪の毛がぎっしり詰まっていた。
ズルズルと引きずり出すと、体積と形状を何かに例えると・・・

なんとそれは立派なゴボウくらい! 一つながりで出てきたのだ。
こんなに大量の髪ヘドロ見たこと無い。

それを引きずりだすとひどい臭いが立ちこめる。
しかし、問題はそれで完全に解決した。

浴槽の排水口には髪の毛流出を防ぐメッシュが装着されていないのだ。
再発を防ぐための方策を取らねばなるまい。

いや、それよりも今夜私がとった対処法を娘に教えればいい。



また、以前書いたが、「シャワーからお湯が出ない(水しか出ない)」問題。
この時は管理会社に電話し、給湯器のプロから見てもらい、大騒ぎをしたっけ。

管理会社は「プロが見ても給湯器に問題は見つからない。異常ない」の一点張り。
やむを得ず駆けつけ、シャワーからの水の出方が変だったことからあたりを付け、
シャワーヘッドの吐水口(穴がいっぱいあいている所)」をドライバではずしたら・・・

大量の管のサビのかけらでほとんどの吐水口の穴が埋まっていた。
サビを除去して問題解決。

最終出口の「詰まり」のため、ガス給湯システムの中を水が十分に流れず、給湯器のマイコンが「点火」の判断をしなかったのが原因だった。





老若男女、多くの方々はこの程度の「生活トラブル解決力」はお持ちであろう。

アホ娘の無知・無能力さに呆れているのである。
つまり日常生活力の欠如だ。
あと2年半で彼女は社会と言う大海原に放り出されるのだ。

神に誓って蝶よ花よと育ててきたわけではないのに、
貧乏所帯で普通に育てたつもりのに、なんでこんな事になってしまったか。

お嬢さんをお持ちの皆さん、お宅様のお嬢様はこんなにひどくないでしょ?
困ったものだ。
今回書いたトラブル解決は、一歩譲って「やや男向き」としても・・・

女であれば洗濯の仕方、掃除の手順、計画性のある炊事と買物、隣近所・地域との付き合い。
仕事となれば尚更、当たり前に求められる日常生活力。

社会に出れば学歴などまったく関係ない。
知恵と、情熱と、経験と、人柄と、健康と、
そして当たり前の日常生活力。

それらを持ち、発揮する者が着々と人生の地歩を固めていくのだ。





アホ娘の日常生活力不足、遠因の一つはわかっているのだが、それはここには書けない。




  1. 2010/09/20(月) 23:50:01|
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落胆の朝

寒河江祭り最大のイヴェント、「神輿の祭典」が昨夜行われた。
時間に恵まれず参加も見物もしていないが、間違いなく行われた。

一夜明けて敬老の日の今朝、出勤(当店、祝祭日は営業日)して最初の仕事は店舗まわりの清掃だった。

CIMG4709.jpg
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↑ 当店が面する駅前通りは神輿の「渡御(とぎょ)」コース。
しかもフィナーレ・クライマックスを迎える「神輿広場」まで200mあるかないか。
区画整理で歩道も広くなり、格好の見物エリアである。
段ボール座布団、うなずける。

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↑ タバコの吸い殻はじめ、様々なゴミが路上に。

また、店舗駐車場には ↓

CIMG4715.jpg
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↑ 何に使ったのかわからない枝、また、なぜここまで運ばれたのか推理できない分厚い平板のかけら。

遂には花壇にまで! ↓

CIMG4714.jpg

まーひどいものである。

神輿の方々は渡御の真っ最中。こんなことをする人はいない。見物人の仕業であろう。

先日、森のクマさんが
「早朝、出勤しよう家を出ると、路上にタバコの吸い殻が散乱していた。きれいに清掃し、とても清々しく、得をしたような気になった」
といった趣旨の日記を彼のブログに書いておられたが、
根性の小さい私はおおらかな彼とはちょっと違う。

掃除を終えても気分が悪い。
「路上はおろか、ひとの敷地にまで!信じられん。ニャロメ!」
というのが正直なところ。

もちろん偉そうなことを言う人格は持ち合わせていないが、しかし、
私は少なくとも、野山にも川にも路上にも人様の屋敷にもゴミは捨てない。

情けない。
今日は落胆して一日が始まった。

本当に信じられん。なぜ?



  1. 2010/09/20(月) 13:57:54|
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獅子踊り

今宵は寒河江祭りのフィナーレ、「神輿の祭典」が催されるが、
それに先立ち、駅前の「神輿広場」では市内の色んな団体が様々な芸能を披露した。
寒河江祭り恒例行事だ。

その中の一つ、
内楯(うちだて)旭一流(あさひいちりゅう)獅子踊り
が見たくて出先から駆けつけた。
郷土の伝統芸能を、寒河江に生まれて51年8カ月、いまだ見た事が無かったのだ。

間に合った。
寒河江中部小金管バンドの演奏演技の最後の方であった。
なかなかの演奏、間近に迫ったマーチング県大会や東北大会は、この団体は有望であろう。
後ろからのため、ほとんど見ることはできなかったが、カラーガードは今年はどうなのだろう。
相変わらず群を抜く素晴らしさなのだろうか。
整然と動く数色の現色モノトーンフラッグだけが見えたが、あれを大会で使うのだろうか。

残念ながらわれとわが子らの古巣、寒小マーチングバンドは見る事が出来なかった。
どんな仕上がりなのだろう。期待したい。

さて、あっという間に中部金管が終わるといよいよ獅子踊り。

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素晴らしい!久しぶりに感動した。
この伝統芸能のハードとソフトを維持・保存する方々のご苦労と誇り・情熱を強く感じた。

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↑ ところで踊りの後方、横笛で伴奏なさる方々、素晴らしい。
こんなに大勢の方々が楽器ができるのだ。吹奏楽もなさらないか。

CIMG4706 - コピー

↑ かっこいい紋付袴の世話役の方が甲州印伝、縁起ものの菖蒲(勝負)柄の合切袋を提げているのを発見。
益々かっこいい。
これ以上素晴らしいシチュエーションはちょっとない。 BRAVO!

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↑ お疲れ様でした。(なんだか見た事のある少年もいる)
素晴らしい! BRAVO!

発見した。内楯旭一流獅子踊り、外に誇れる郷土の宝だ!
内楯(市内にある地区名:寒河江城址の東側にピタリと添った、由緒ある地区だ)の方々、ありがとうございました。
ずっと受け継がれる事を祈っています。




獅子踊りの次は懐かしい陵東中吹奏学部の出番。
残念ながら是非ともの所用のため、後ろ髪を引かれながら去る。
(後ろ髪はあるんだってば!)



  1. 2010/09/19(日) 19:01:25|
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限界

久しぶりに煮詰まりました。
今夜は休みます。
おやすみなさい。

あ、明日の「寒河江 神輿の祭典」や「内楯 獅子踊り」などご関係の皆様、
ご苦労様です。ご盛会を祈っております。



  1. 2010/09/18(土) 21:25:00|
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清掃

きのう、午前中の空いた時間を使い、店舗一階売場、事務室、トイレをきれいきれいに掃除した。

するとあらあら不思議、午後からお客様が折り重なってご来店。

で、今日は店舗2階トイレの手水鉢(ちょうずばち)を磨いてみる。
以前から気になっていたのだ。

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この汚れだ。↓

CIMG4695.jpg

排水口の周りが「カビ」で黒くなっている。
また、蛇口からぽたりぽたりと水が落ちてくるあたりはなぜか青くなっている。

ブラシくらいではとても落とせない汚れなのだ。
便器や床ほどの頻度では掃除しないからこうなるのだろう。

また、2階トイレはあまり使わないのも原因の一つかも。
一階トイレはこれほどひどくなる事は無いもの。

例の、見た目「砂消しゴム」(若い方わかりますか?)みたいなトイレ用クリーナーで磨く。
なかなかしつこいやつ。歯石のように汚れに厚みがある。

何をやっても力が入り過ぎてしまう事が多いのかもしれない、自分の人生を省みたりしながら磨く。

20分も磨いたろうか、成果が捗々しくなく、汗ばんできた所で根負け。
でも、マシにはなった。↓ 特に青い水垢はほとんど消えた。

CIMG4696.jpg

また近い内にやっつけてやろう。



で、午後の営業は・・・



ヒマだった。
ま、色んな日があるさ。



  1. 2010/09/17(金) 22:32:58|
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ある吹奏楽団

長い長い記録的な猛暑の夏が数日前に終わり、あっという間に肌寒いくらいの気候。
ほんとにこの辺は「その合間」が少ない土地だ。

秋だからだろうか、この所妙にさびしく人恋しい。
だが生来の恥かしがり屋、引っ込み思案。
だから、友人たちに「いま何してる?飲まないか?」と、ひょいひょい誘う事もできない。

え?「嘘つけ」って?いやいや、ほんとです。

だからという訳でもなかろうが、ネットブック用に新スピーカーを買った事もあり、
「ユー・チューブ」を今夜も一人さびしく視聴。

珍しいものを視聴してしまった。
日本のある島にある少人数の社会人吹奏楽団の演奏だ。
総勢20人ちょい。

我が櫻花に2、3、4人足したくらい。
失礼ながら演奏もわが団とそう遠くない。

だが、その歴史は10有余年。
メンバーは学校の先生方が多いんだそうだ。

櫻花が「シンフォニック・アンサンブル」だった頃、オリメンよりエキストラの方が多いかという、
今考えると妙な「第1回定期演奏会」の際にやった、
グスターヴ・ホルスト先生の「吹奏楽のための第2組曲」の映像だった。

櫻花よりも編成のバランスはとれているバンドだが、なかなか厳しい演奏だった。
「2組」は難しい。

だが、この映像を視聴して、何か少しわかったような気がしたのである。



  1. 2010/09/16(木) 22:03:48|
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帰国

アホ娘が今日帰国した。

「ピシャの佐藤」の置物は買って来てくれなかったが、写真は撮ってきた。
これだ ↓

ピシャの佐藤

本当に傾いている。(なんてアホな感想)
現地は日本より7時間遅れなので午後3時頃の撮影のようだ。
予備知識が全く無いので調べてみた。 ↓


ピサの斜塔 (出典:ウィキペディア)

イタリア、ピサ市にあるピサ大聖堂の鐘楼であり、
世界遺産「ピサのドゥオモ広場」を構成する観光スポットである。
高さは地上55m、階段は297段あり、重量は14,453tと見られている。
一時、傾斜の増大による倒壊の危惧があったが、その後の処置により傾斜の進行は止まっているそうだ。
(現在の傾斜角は約5.5度)

[傾斜の原因]
地質調査によると、地盤の土質が極めて不均質だった。
南側が相対的に柔かく、年月を経て傾き始め、そのため更に地盤に対する負担が増し、
結果的に塔の南側が大きく沈下した。

第1工期1173~ 1178年、第2工期1272~1278年、第3工期1360~ 1372年で、工期間隔が非常に長い。
1173年8月9日の着工時には鉛直だったが、第1工期後には傾きはじめ、
第2工期ではその傾斜を修正しつつ建設が再開されたが、傾きは止まらずに第3工期を迎えた。
傾斜が修正できなかったため、最上階層のみ鉛直に建てられている。
当初の建築計画では、現在のものより遥かに高い鐘楼ができる予定だった。
しかし、世界で最も有名な不等沈下の例として現在もその姿を保っている。


(太字おれ)

ははあ、そうなんだ。初めてわかった。
フィレンツェ・ミラノ・ローマに滞在したようだが、楽しかったそうでよかった。
伊太利亜や伊太利亜語はどれくらい理解が進んだのか。
ま、無事で何より。




  1. 2010/09/15(水) 20:43:19|
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天才たちに陶酔

ユー・チューブで今夜は

①忌野清志郎先生・伸ちゃん・坂本冬美さん・モンキーズの「デイドリーム・ビリーヴァー」
②忌野清志郎先生の「雨上がりの夜空に」

あたりを皮切りに、

③ショスタコーヴィチ先生の「交響曲第5番」
④ムソルグスキー先生の「禿山の一夜」
⑤チャイコフスキー先生の「大序曲1812」
⑥エレクトリック・ライト・オーケストラの「トワイライト」(テレビ版「電車男」のオープニングテーマ)

あたりを中心に視聴した。
岡村孝子様は今夜は聴かなんだ。

ELOでは心が躍る。忌野先生では胸が熱くなる。
ショスタコーヴィチ先生、ムソルグスキー先生ではきりきりと引き締まる。
そしてチャイコフスキー先生では泣く。

上記は私の十八番(おはこ)の一部だ。今度はバレエ音楽「ガイーヌ」あたりをじっくり聴いてみよう。

しかし、音楽はまったき感情表現である。
音と楽器を自在に操る作曲家、演奏家は天才である。

BRAVO!


  1. 2010/09/14(火) 23:25:42|
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うおおおおおお!

お客様からご丁寧にお悔やみのお返しを頂戴した。

CIMG4690.jpg

なんと!

CIMG4691.jpg

うおおおおお!

CIMG4692.jpg

CIMG4693.jpg

うおおおおお!



  1. 2010/09/14(火) 21:24:59|
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ルート比較

仕入れのため、夫婦で朝から仙台に行ってきた。
往きは珍しく高速道路をフルに使う。
「本日は出張のため、午後2時から営業します」
との貼紙どおりに店を開けたいからだ。

ジャスト1時間で目的地仙台市宮城野区宮千代に着いてしまった。
さすがは高速。そのル-トは ↓

寒河江IC⇒仙台南ICから南部道路⇒東部道路「長町」ICで降りて3~4kmかな。
84.5kmだった。軽自動車ミラの高速料金は1300円

早く着いた他に、準備がよかったために仕入れもあっという間に終わり、
問屋さんからお昼をご馳走になったのがなんと11時半。

還りはそんなに急ぐ必要もなくなり、高速料金不要の国道48、関山ルート。
90分、71kmだった。
予定より早く、午後1時ちょいには店を開けることができた。

何度走っても高速ルートは距離が長い。


  1. 2010/09/13(月) 18:29:13|
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優先順位

日曜日(定休日)にしては今日は結構ハード。
夜は櫻花練習日にして練習の前に櫻花会議。

そしてその前に会議のレジュメ作成のため、昼1時間、夕方1時間、合計2時間、
定休日の店に行って、一人パソコンとプリンタに向かう。

来月に二つの演奏会を控え、打合せも練習も忙しくなってきた。
私は今年度は副団長。
団長を支え、楽団を引っ張る役目だ。
だから当然、自ら前述のような仕事をする。

しかし一般団体の宿命か・・・
会議にしろ普段の練習にしろ、わが団の出席率は常に芳しいとは言えない。
(もちろん演奏会本番はパーフェクトに近いのだが)



その時その時の物事の優先順位は一人一人違うからね。
欠席者を責めることはできない。



会議の真っ最中に、私の最も古い、また、現在ある団体の長をしているタメダチから
現在進行中の飲み会へのお誘いの電話があったが、当然私は会議を抜けないし、その後の練習も欠席しない。

優先順位だ。
だからタメダチにはお詫びして「残念だ。またの機会にまぜてくれ」と頼むしかない。

要は、例えば櫻花執行部であれば、櫻花団員にとって櫻花活動が優先順位の上位に来るよう工夫・努力する。
それしかない。
何でも同じだ。




  1. 2010/09/12(日) 22:49:27|
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Big Saturday

ヒマな業種の代名詞、呉服屋。
おっと、ご同業を巻き込んでは失礼だな。
「ヒマな呉服屋 山森呉服店」と言い直そうか。

どうした事か今日は朝から晩までご来客の嵐。
たまにはこういう日もある。

決して超高額品のご成約が相次いだとかいう訳ではないが、
これまで培った知識と経験を総動員して、
お客様のために一日中頭と体を動かすのは最高の幸せ。
おれの人生はこのためにある。

それも、絵に描いたように正絹呉服、和装関連品、
印伝、お客様お手持ち呉服リメイク、

しまいには別注お揃いTシャツのお引き合いや、
お葬式にタオル盛篭のご注文までという、
当店の業務をフル出動させて頂くような一日だったのだ。

全く疲れないのはもちろん、体調も気分も高揚するばかり。
ありがとうございます。

毎日こうだったら経営的に何の悩みもなくなるのだが。
そうは問屋が卸さないけどね。



  1. 2010/09/11(土) 20:27:09|
  2. 店主の日記
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本染(ほんぞめ)手拭の魅力

ゆかた地でも有名な竺仙(ちくせん)の本染手拭をご覧下さい。

CIMG4675.jpg

↑「たづな」
黄色いものを建物の西の方に置くと・・・

CIMG4677.jpg

↑「勝ち虫」

CIMG4678.jpg

↑「だるま」
すでに両目が開いている!

当店の現在の竺仙本染手拭売り場 ↓
CIMG4680.jpg

CIMG4681.jpg

味のある柄がズラリ。
お値段は概ね800円~1,400円。
ローコスト大量生産のプリント手拭とはまったく別世界の出来栄え。
型板で一枚一枚丁寧に職人が染め上げる、日本の伝統技術です。

私はだいぶ前から、バンダナ(ズラ)代わりに、浴用に、愛用しています。
軽くてかさばらず携帯に便利、乾くのが早い、などの長所があります。

石鹸を付けての使用もタオルと全く変わりません。
ただしその際は、はじめの1、2回だけは上色(うわいろ)がドバドバ落ちます。

また、上の写真のように飾って楽しむこともできます。
ご希望の方には当店で使っているのと同じ「額」↓(8,400円:非商売)もお世話します。
お気軽にお申し付け下さい。

CIMG4672.jpg
CIMG4674.jpg


以上、どうぞご贔屓に。


  1. 2010/09/10(金) 14:55:32|
  2. きもの・和装
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月山(最終回)

還りのルートをここにして良かった。
添いの往路では見る事が出来なかった大パノラマが繰り広げられた。

大荘内平野と日本海 ↓ 肉眼では飛島(とびしま)まではっきり見えたが写真には写っていない。
庄内平野 - コピー

西川町大井沢方向 ↓
大井沢方向2 - コピー

そして出羽富士、鳥海山 ↓
鳥海山 - コピー

還りルート終盤、姥ガ岳登山直前がこの分岐点 ↓
湯殿山への分岐 - コピー

30数年前、ここを右に行ったはずだが、やはり記憶は全くない。
ここからの500m、きつかったー。

最後の苦しみを乗り越えた、「姥」山頂からの月山 ↓
姥ガ岳から月山 - コピー
月山山頂よりも300m以上低いんだ!

牛首と姥の間にあるナントカ森。↓
姥ガ岳から牛首 - コピー


遂には新潟県に属する「粟島(あわしま)」まで見えた。↓
姥ガ岳から粟島 - コピー




で、姥からどえらい急坂を下り、リフトへ。
運転終了10分前。
間に合った。

また来る。きっと来る。
寒河江に生まれ、育ち、暮らし、幸せ。
月山、ありがとう。



  1. 2010/09/09(木) 21:11:13|
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月山 中篇

で、悔しさを押し殺しながら進む。
写真は無いが、月山山頂とリフト上駅のちょうど中間地点(どちらへも1.5km)の道標の所にベンチがあり小休止。

ここから登りがきつくなる。
妻は遅れがちになり、私も「ハヒー、ホヒー」。
だが高3の次女はひょいひょい。

「さ、残念だが今日はここまでとしよう」
リフトを降りてからちょうど1時間の登山だった。
最終到達点はここ。↓ 分岐点だ。

牛首分岐 - コピー

牛首分岐2 - コピー

山頂まで1.1km。あと30~40分か。現在15:30。残念。
ここからの山頂の眺め。↓
CIMG4661.jpg
神社が見える!ほんとに残念!

私らが到達した地点 ↓ 「牛首の月山側」の端っこだ。
初分岐から月山 - コピー

また来る。きっと来る。

さ、さっさと戻らないとリフトが止まる。
還りは同じルートでなく、牛首からナントカ森、姥ガ岳縦走ルートとしゃれこんだ。
所要時間が正確に読めないルートなのがやや無謀だったが。
しかしこれが素晴らしかった。

(つづく)


  1. 2010/09/09(木) 20:42:31|
  2. 店主の日記
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月山再アタック 前編

先月お盆明け、不意に遊びに来た名古屋の従弟と「姥(うば)沢リフト」に乗り、月山下山を楽しんだ事は書いた。
一度乗りかかると進みたくなる性格に基づき、妻と次女を従えて今度は「登山」に挑戦した。
従弟と久しぶりに見た山頂に魅せられたからだ。

定休日恒例、午前の自宅掃除を終えるとそそくさと昼食をとり、出発。
現在、社会実験で無料の山形道を使い、姥沢リフトへ急ぐ。
だが51歳、姥沢駐車場からリフト下駅までの10分ほどの「登山」でも結構きつい。

リフト乗車中から姥ガ岳の眺め ↓ 従弟と来た時より、ずっといい天気だ。
リフトから姥ガ岳

先月も経験したが、リフトを降りて(14:30だった)すぐの10分足らずの登りがきつい。
ここを登りきると最初の分岐(左姥ガ岳・右月山山頂)。↓ ベンチもある。
最初の分岐


そこからの月山山頂(中央)遠望 ↓ その左下の小さな盛り上がりが「牛首」だ。
初分岐から月山

↑ この景色を見れば、誰でも山頂に挑みたくなるであろう。
中学3年だったか、学校恒例行事以来、30数年登っていない。
もう記憶すらないのだ。

だが、既に山頂アタック失敗はこの時点で確定していた。
この分岐点から月山山頂まで3km近くある。
今日のパーティーのここから山頂までの予想所要時間は1時間半以上。
下りは1時間10分以上。
リフト上駅からほど近いこの初分岐点と山頂との往復所要予想時間は、休憩時間も含め約3時間。

現在時刻14:40。
下りリフトの運転終了時刻は16:30。
アウトどころの騒ぎではない。

月山を甘く見た。
少なくとも正午あたりにはリフトを降りて登山を始めなければならなかったのだ。

強行したとして、リフトが止まった後の暗くなった山を下山する勇気はもちろん無い。
山頂アタックはすっぱりあきらめ、リフトに間に合う地点まで登って引き返すことにした。

だが、それでも月山はその魅力を我が不届きパーティーにもたっぷり教えてくれた。

(つづく)




  1. 2010/09/07(火) 23:55:16|
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まつ坊さんへ(東和)

東和、今回経験したのは残念ながら「北上⇔丹内山」の最短ル-ト往復だけであり、
全体像をお伝えする資格がありません。
盆地部分もあるのかないのか・・・

ただ、ルート沿線だけお伝えすると、典型的な「散村」形態でした。
これじゃあ電線や上下水道といったライフラインの整備が大変だろうなあ、
なんて思いながら走りました。
「集落」はほとんだないんだもの。

CIMG4649.jpg


また、われわれの住んでいるこのあたりは、「まっ平らな平地」か「まあまあ結構な山」か、
のどちらかにはっきり分かれていますが、
東和はその中間と言ったところでしょうか、なだらかな起伏が連続する広大な地域でした。

本当に人家、人気(ひとけ)の少ない、実にのどかなところ。
同じ岩手でも、旧沢内村にも強く「イーハトーヴ」を感じましたが、ここもまた別な「イーハトーヴ」に違いない。
でも、住めと言われたら・・・

コンビニも何にもない。冬はすごいことになるんだろう。
最も近い都会、北上市まで30分はかかる。
私が見た東和はそんなところでした。

寒河江から高速に乗り、100km/hプラスαで走れば2時間ちょいで行けるかもしれません。
時間がありましたら是非一度お出かけ下さい。

その際は・・・

財布を忘れずに。前沢牛も是非。



  1. 2010/09/07(火) 09:52:09|
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奇跡(丹内山最終回)

万物、特に鉱物には固有の振動数があると聞く。
その最も身近なものはクオーツ(水晶)か。時計にも使われたくらいだからね。

蝦夷とそのスポンサー物部(もののべ)一族の神、「アラハバキ」を祭る巨岩。
どんな大雪でもこの岩の上には決して雪が積もらないと言う。

鉄や金で勢力を伸ばし、維持してきた物部は、この岩の下に鉱脈があるのを知っていてここを聖地と定めたとも言う。

日々悩み苦しむ煩悩の只中にある私は、この岩に触れるつもりで今日ここに来た。
巨岩の前で再び二礼二拍手一礼。
前記事の巨岩写真3枚目のあたりで、考えた末、利き手の左手で岩に触れた。

残念ながら鈍感な私は震動も波動も何も感じない。
だがその瞬間、鬱蒼と茂る木陰になっているその部分に

CIMG4640.jpg

眩く光が差し込んだ。

もちろん偶然とも言えよう。
だが私の裸の心は「奇跡」と感じた。

いや、奇跡としよう。
「この世に偶然は無い。すべては必然だ」とも言う。

以前から心が惹かれていた丹内山に滞在したのは30分にも満たなかったか。
世界一もっともらしい顔をして帰途に就いた。

(完)



  1. 2010/09/06(月) 22:14:56|
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奇跡直前(丹内山④)

高橋克彦氏の世界では、阿弖流為(アテルイ)が神の宣託を受けた事になっている、聖なる磐座(いわくら)がこれだ。

CIMG4636.jpg

この位置から時計回りに撮影してみた。

CIMG4637.jpg

CIMG4638.jpg

CIMG4639.jpg

巨岩には巨木が生えている。

CIMG4641.jpg

CIMG4642.jpg



そして奇跡は起こった。



  1. 2010/09/06(月) 21:23:47|
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佐藤達也 四代目店主

Author:佐藤達也 四代目店主
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