呉服・和装・印伝 山森呉服店掲示板

お陰様で創業106周年。店主エッセイが多いかな。

体重・運動監視日記7月号

また晦日(みそか)が来た。
ではさっそく。

小

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体重は前月の監視日記を見ると69.8kgだった。
身に覚えが無いが1kg増。
ま、体重は日々変動する。体調や気候など、様々な原因があるのだろう。
自分に嘘をつかず、日々弛まぬ努力を続けているのだから、多少の事は気にしない気にしない。

運動(ウオーキング)。
これはばっちりだ。7月合計で約1300分歩いた。

31日間で28回。1回平均46分強。
休んだのは雨で2回、銚子から帰ってきて疲れ果てた日の1回。
我ながらよく続いている。1年半近い。

食事も三食すべて量・栄養に気を付け、特に夜の「炭水化物カット」は徹底して継続している。

だが、昨夏から始めた減量の快進撃はこの春で止まり、ここ数ヵ月の体重はまったく横ばいである。
ま、極端に重くなければ体重に神経を尖らせるのはもういいだろう。
以前はまったくしていなかった軽い運動。これを当分続けよう。
目的は健康の回復と維持なのだから。




  1. 2012/07/31(火) 21:09:57|
  2. 店主の日記
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撤収

平成21年3月末に入居した、仙台市青葉区桜ヶ丘の長女のアパート。
きのう引越しし、完全退去した。

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ここで3年4ヵ月間、長女が無事に過ごせた事を神仏に感謝します。
大震災は長女の帰省中におきたのだが、3階建てのこの建物はほとんど損傷がなかった。

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本人はもちろんだろうが、バカ親としても何度も通った事もあり、子供を手元から放した初めての経験でもあり、思い出深いアパートとなることだろう。

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きのうは朝8時からハイエースヴァンのレンタカーを借り、助っ人の友人と共に出発。
妻と長女はイースで別に向かう。
4人でハイエースに乗っていったら、帰りは二人の座席が無くなっちゃうからね。

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事前にミラやイースで2回、運べるものを精々持ち帰っていたり、本引越しのための整理をしていた事もあり、
また心強い助っ人のお陰もあり、到着後わずか1時間(11時)で積み込みが完了してしまった。

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正午に管理会社さんとの立会いがあるため妻と長女は現場に残り、荷物満載のハイエース出発。
借りた時間が6時間なのでもたもたできなかったのである。

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今は狭い仮住まい。荷卸はアパートも自宅(無いのである)も不可能。
自宅車庫も家財でいっぱいだし。
ということで店舗2階の空きスペースを利用することに。

友人のお陰で6時間チョイ前に車を返す事ができた。

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長女は、心情としては卒業のその日まで大学近くのこの拠点を保ちたかったかもしれない。
週にわずか一泊くらいしか利用しないとしても。

だがそうはいかない。
夏休み明けから卒業までの後期は家から通学してもらうことになる。

この世は恣(ほしいまま)の行動、恣の消費などできないのである。
これからの長女の長い人生においてもそれは変わりない。

早速実践してその身に染ませなければならないのである。




「ひょっとすると、大学4年になったら通学で済むかもしれないな」
という話はだいぶ前からしていたが、
「4年後期の講義はとうとう週一か。では、前期が終わった段階でアパートを引き払ってくれないか」
という話をしたのはつい先月あたりだった。

長女は素直に受け入れた。
さすが長女である。

あるいは・・・
4月から実家とアパート半々の生活となり、親元での楽な暮らしを再認識したのかもしれないが。





後記
レンタカーのハイエースヴァンは実に快適だった。
この日の仙台往復は高速を全く使わず一般国道R48を走行。
往きが当然荷物無しの男二人乗車。
帰りは男二人と娘の所帯道具満載。
路面はドライ。暑かったのでエアコンつけっぱなし。

燃費は11.0km/l だった。
排気量は2500か3000か。多分ターボ付きディーゼルじゃないかな。
図体と使用目的を考える時、この燃費は決して悪いとは言えない。
満足のレンタカーだった。(料金は6時間で8,500円ほど。)





  1. 2012/07/30(月) 08:06:24|
  2. 店主の日記
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じいちゃん

ロンドンオリンピックが始まりましたね。
日本人選手の活躍が楽しみです。

今朝はテレビで開会式のライヴを見る事ができた。
どこのオリンピックでも開会式は感動的である。

私の感動を更にを増幅させたのは女王陛下の開会宣言、そしてポール・マッカートニー様の、会場と一体となった「ヘイ・ジュード」だった。
それにしても、曲の出だしがわけわからなかった。
皆さんはどうでした?

ポールは「昔からの一ファン」などという生易しいものではなく、もはや私にとって神に近い存在である。

ポール様

でも彼も生身の人間。年取ったなあ。
「じいちゃん」と呼ばれて不思議ではない年齢だもの当り前だよな。





じいちゃんといえば・・・



先日、家族でとなり町にあるお気に入りの和食屋さんに行った時のこと。
私以外の家族三人は定食「○○御膳」を、私は天丼を注文した。

ご夫婦だけでやっているように見えるその店は、店構え・置物・飾り物・器・清潔さ・心配り、あらゆる点が素晴らしく、お値段はちょっと高めなのだが、ついつい惹かれて訪れてしまう店なのだ。

で、千数百円の○○御膳三人に対し、私は平均単価を下げようと、健気に千円の天丼を選んだわけだ。

いつもは奥様が料理を運んできてくれるのだが、その時は他の客さんで忙しかったらしく、珍しくご主人が自ら運んできてくれた。
「はいお待ち遠様。○○御膳はどなたとどなたかな。じいちゃんもかな?





ショックであった。


いやいや、53歳で孫のいる男など掃いて捨てるほどいるだろう。
だが彼には私に孫がいるかどうかなどわからないのだから、私の容姿を以て彼に「じいちゃん」と言わしめたのである。

予め彼が私の年齢を知っていれば「じいちゃん」とは呼ばなかったであろう。
という事は、彼の目には私は実際よりもずっと高齢に映ったのだ。





ピカピカ+白髪って、なんてネガティヴなんだろう。
繰り返すが本当にショックだった。




だが、心の広い私は怒らない。
「ここには二度と来ない」なんて決して言わない。
彼に悪意があったわけじゃないもの。




開会式を見てそんな記憶がよみがえってしまった。

(誰か、この記事を読んで笑った人はいないだろうな)




  1. 2012/07/28(土) 14:35:17|
  2. 店主の日記
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職業

「きもの離れ」現象イコール呉服需要の減少が始まったのは、30年以上前からだ。

とは言いながら、平成の一桁くらいまでは結構な需要があった。
平時にもよく売れたし、催事中には一日に数十反売れる事も珍しくなかった。

しかし平成の二桁に入ってからは、わが業界にとって非常に厳しい時代が打ち続いている。
それでも需要がゼロになるという事はない。

今日は色無地と袋帯のご成約を頂いた。
自分の存在意義と責任を感じる最大の瞬間である。

お客様のために持てる知識と経験をフルに活かす。このために30年間研鑽してきたのだ。
そして「生きている」、「生かして頂いている」ことを実感する時だ。

ずっと、目の黒い内はこの仕事で地域の役に立ちたい。
というより、それしか能がない。




  1. 2012/07/28(土) 00:39:22|
  2. きもの・和装
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今日も術後の友人(めでたく順調に回復し、明日退院)とも会ってきたし、長女の高校部活保護者会で知り合った友人も久しぶりに遊びに来てくれたり。

一人っ子の私にとって、友人の存在はとてもありがたい。

それに加えてこの所、中学時代の部活仲間たちとの交流が更に深まってきた。
今夜も(いや、日付が変わってしまったので昨夜か)飲み会があった。

約40年も前に遊んでいた連中と、再び遊んでいる。
子供の頃できた「縁」というものは、中休みがあったとしても一生無くならないもののようだ。

本当に不思議であり、幸せな事と思う。




  1. 2012/07/28(土) 00:25:16|
  2. 吹奏楽・音楽
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出演間近

昨夜は老人ホーム夏祭り出演のための最終練習だった。
本番は明日夕刻。山形市にあるホームで。

前回の出演は3月末。NHK山形のニュース特集で突如放送されて驚いた、あの演奏会だった。
あれから早いもので4カ月。

明日は久々の本番となる。
7~8曲演奏する内、新発表は1曲のみ。
ほとんどが手慣れたはずの曲なのだが、演奏とはなかなか難しいもので、何度吹いても満点はつける事ができない。(自分の事)

ま、だから毎回緊張を保ち、向かって行けるのかもしれない。

櫻花ロゴ小



  1. 2012/07/27(金) 16:55:09|
  2. 吹奏楽・音楽
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解読開始

このGWの引越しで発見した、我が家(桜小路佐藤家)のたぶん始祖、豊八がものした和綴じの書。

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そろそろ解読に挑戦しようと思う。
漢籍もなく、書の知識もない私。
まったく無謀な挑戦ではあるが、同じ日本語、何分の一かはわかるかもしれない。

上の写真は表紙である。
文政13年とある。調べてみると、西暦1831年らしい。
ということは、181年前の書ということになる。
庚寅(かのえとら)とも書いてあるから後ほど裏付け調査もしてみよう。

ところで、タイトルからして解読に自信がない。
「御家内御示談」と読んでいいのだろうか。

先が思いやられる。
書に詳しい方がいらっしゃいましたら、どうかご教示下さい。


そして著者は「小西屋豊八」。
出た!

とうに死んだ祖母が昔、
「我が家の屋号は昔、小西屋といった」
と教えてくれたが、この署名はそれを裏付ける。
記念すべき新発見の書物なのである。

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中はこんな感じだ。
さてさて何が書いてあるのか。
パッと見は彼の人生訓のように見える部分もある。
「エッセイ」的な面もあるかもしれない。



仮住まいの夜の無聊を慰めるのにうってつけかも。
どなたも「楽しみ」にはしてくれないでしょうが、解読結果は必ずここに書きます。
ご容赦下さい。





  1. 2012/07/25(水) 20:43:16|
  2. 店主の日記
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惜敗

おーまいごっど・・・
おーまいごっど・・・
おーまいごっど
おーまいごっどー!


夏の高校野球県大会決勝戦。
酒田南に5-6で破れた。
これで何年甲子園に行けないんだ?
5年か?6年か?

常連だったろうが。
なんで?
なんでだー!!!

卒業後何十年経っても母校敗戦のダメージはきつい。




  1. 2012/07/25(水) 20:03:18|
  2. 時事
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ちょいスランプ

よく墜落する米軍の新型輸送機オスプレイが岩国基地に12機新配備された。
イチローがマリナーズからヤンキースに電撃移籍した。
日大山形が夏の高校野球県大会準決勝で羽黒に勝ち、数年ぶりに決勝進出を決めた。
1バレル87ドル。
日経平均8500円。
ムーディーズがドイツを「安定的」から「ネガティヴ」へ格下げ。
大手術後の友人は順調に回復中。

きのう今日も色々あったが、なかなか一記事書けない。

おやすみなさい。




  1. 2012/07/24(火) 21:41:11|
  2. 店主の日記
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晴天・雨天兼用傘

呉服屋ではありますが、甲州印伝はじめ、身の回り品も昔から取り扱っています。
そんな中の一つ、2カ月ほど前から大ヒットしている品を紹介します。

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晴れ雨兼用の折畳み傘です。
これ一本で雨の日はもちろん(撥水加工)、晴天の日には遮熱、遮光、遮紫外線(UV CUT)に役立ちます。

実は取扱い以来ずっと1,050円で販売してきたのですが、
仕入先の「たくさん仕入れて頂いたこの品もこれ(約30本)で最後。処分したいので安くします。全部仕入れて頂けませんか」という事情が発生。
全部仕入れました。もちろん値切り倒して。


そのため、今日から1本798円(2本で1500円。3本以上は@700円)でご奉仕させて頂きます。
1050円でお買い上げ下さったお客様には誠に申し訳ございません。

店の外に陳列した事もあり、偶然これを書いている間にも
「自分の分と、友達にあげるのとで3本下さい」というお客様がいらっしゃいました。

折畳み式であることや、サイズ・機能はどれも同じですが、色・柄はばらばら。
まだまだ20数本ございます。

超おつとめ品をよろしくお願い致します。




  1. 2012/07/23(月) 16:40:18|
  2. 超お買得・おすすめ品
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「あっという間」その2

アパートを引き払うという事は・・・

当然、家賃の他、彼女単独の電気料金水道料金ガス料金、インターネットに係る通信費NHK受信料が要らなくなるという事だ。

これは本当に助かる。
就職するまでの間はわずかな小遣いや携帯(スマホ)料金くらいは出してやらなければならないが、それは今までと同じだし。
家に帰ってくる事によって新たに発生する費用は月4回の通学交通費だが、今月までの経費と較べればチョチョイのチョイだろう。

目先の残る心配は就職のみ。なまんだぶなまんだぶ。




  1. 2012/07/21(土) 16:44:01|
  2. 店主の日記
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あっという間の3年4ヵ月

初めて子供を手元から放したあの日から、あっという間に3年4ヵ月の月日が流れた。
そう、長女の大学(仙台市)入学からである。

馬鹿親丸出し。大騒ぎして買物し、大騒ぎで引越ししたっけなあ。
そしてこの3年4カ月間に何度走ったことか。

単なるお迎えは数知れず。
真冬の夜中に凍結した関山峠を往復してパソコンウイルスを駆除しに行ったり、
プリンタが動かない、
シャワーノズルからお湯が出ない、
浴室の排水が詰まった、照明の球が切れた、
大震災後の都市ガス復旧による開栓立会い、

ただそれだけで往復140km走ったものだ。

イタリア研修旅行出発の仙台駅集合が午前5時なのだが、アパートからの交通手段がないというので、わずか10キロかそこらを乗せてやるために午前2時半起床、3時に出発した事もあった。

これまで学費を始め、光熱水道通信費、仕送り、何とか切らさず続けた。
なまんだぶなまんだぶ。




4年生となって受講講義数が減り、この春から寒河江・仙台半々の生活になっていた長女だが、
8月初めから夏休みが始まること、休み明けの後期は受講すべき講義が更に週一に減ること。
これらを鑑み、今月末でアパートを引き払う事になった。

週一なら自宅からの通学で事足りる。

卒業の7カ月前にして長女の一人暮らしはまもなく終わる。
3年4ヵ月、過ぎてみればあっという間だった。




さて次女は東京世田谷。
N.(エヌドット)卒業まであと2年7ヵ月あるわけだが、
長女の住まいは寒河江から70km弱(関山ルート)だったのに対し、次女のそれは400km超ある。
走りたくてもおいそれとは走れない。

女性が嫁に行くのも、男性の転勤も、距離によって状況はえらく違ってくる。





あ・・・
やばい。着陸地点がまったく見えない。
ごめんなさい。この辺で逃げます。
おやすみなさい。





  1. 2012/07/20(金) 23:05:13|
  2. 店主の日記
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休み

今日もちょろちょろ動いたし、感じた事もあったが、ここに書くに適した事がなかった。
久々に休みます。おやすみなさい。


あ、一つあった。
おととい大手術を受けた大事な友人の、一日も早い回復を祈ります。





  1. 2012/07/19(木) 22:08:33|
  2. 店主の日記
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消費電力リストラクション

電力不足という未曾有の国難に見舞われている今、自然再生エネルギーの活用とか、対処法は様々あると思うが、個々節電を実践するのも手軽で早道の策と考える。



弊店店舗。
区画整理による平成14年4月の移築(新築)オープンから11回目の夏を迎えた。
早いものだ。

売場用の大型エアコンを稼動させるため、東北電力とは通常電力(従量電灯)の他、
低圧電力契約も結んでいる。
これが曲者で、冷房をまったく使わない冬季でも結構な基本料金を払わなければならない。

本日、その大型エアコンの使用を廃止すべく、通常電力で稼動するエアコン2台を売場に取り付けてもらった。
2台とも5月に解体した自宅から取り外して温存していたものである。
ダイニングとリビングで働いていたやつだ。

その2台のエアコンは所期の能力を発揮してくれ、目論見はまんまと成功した。
これで安くない低圧電力契約を解消する事ができる。

そして次に取り組むのは従来の通常電力100アンペア契約を下げる事である。
アンペア数が少ないほど基本料金が少なくて済む。
弊店舗の通年の電力使用量を見ると、なんと半分の50アンペアで済みそうだ。

しかし、今日増設した、通常電力で稼動するエアコン2台分の消費電力がどれくらい上積みされるのか、来月の電力消費結果を見てからでないと、迂闊にアンペア数を下げる事はできない。

消費電力リストラ、あと1ヵ月後に結論が出るわけだ。
うまくいきますかどうか、レポートを乞うご期待。





  1. 2012/07/18(水) 21:08:10|
  2. エコロジー
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Silly love song

仮住まいの夜、ストレス解消にはYou tube視聴も効果的だ。
ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー先生の「1812」でまずひと泣き。
タンバリンも使ってるんだ。

さまざま聴いたが記事を書くには絞らなきゃね。
では尊敬する一人、ポール・マッカートニー先生から。

ウイングスになってからの一曲、Silly love song。日本語名「心のラブソング」。
踊るベース、BRAVO!
どうぞ皆さんもう一度聞いてみて下さい。

刻みに徹するベースももちろん好きだけど、こういう楽しいベースも実にエキサイティング。
天才の天才たる所以ですね。

チューバでもいい、コントラバスでもいい、エレキベースでもいい。
できるものなら生きてるうちに一度Bassに挑戦してみたい。



なんて、思う事は誰にでもできるよなあ。






  1. 2012/07/17(火) 22:04:52|
  2. 吹奏楽・音楽
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空の庭再訪

一週間前に行ったばかりの「空の庭」(福島県二本松市岳温泉)にまた行ってきた。
今回はビジネス100%の訪問である。
行程は片道146km。その9割以上が高速道路だ。

長距離には珍しく今回はイースでなく、ミラで行った。
数字は書けないが、とばしてしまった。

更にはこの夏初(山形市)の猛暑日となったため、のべつエアコンを付けっぱなし。
なんと燃費16.7km/l 。 これはひどい。
この走り方ではイースでも20km/l を割ったかもしれない。



それにしてもミラのパワーはすごい。100km/hを保つのは困難である。
52馬力と58馬力、イースとは元気の良さがはっきり違う。
燃費ならイース、パワーとスピードならミラだ。




  1. 2012/07/16(月) 21:58:16|
  2. 燃費オタク
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また鉄道利用ウオーキング

昨日の定休日、また左沢(あてらざわ)線を利用して歩いた。
西寒河江のアパートから、陵南中・市民浴場経由でJR南寒河江駅へ。
50分かかった。
南寒河江駅で乗車。二駅、6分乗って西寒河江駅で下車。
そこからアパートまで11分歩く。合計61分。

前日の、夜間の柴橋→西寒河江の左沢線乗車は風情溢れるものだったが、日中の南寒河江→西寒河江はまあ普通。
市街地の眺めばかりだから。
昨日は千鳥足の夜の10分も加えると結構な歩行時間となった。

しかし・・・
今夜の入浴後の体重は70,8kg。
一日の内で最も重い夜とは言え、減量開始以来最も軽かった夜体重より1kgも多い。

毎日歩き、毎食気を付け、何で増えるの?
おれの体は一体どうなっているのか。実に不本意である。



(後記)
その翌朝(今朝)、一日で最も軽い朝体重は70.0kg。
やはり最も軽くなった瞬間より1kg多い。やれやれ。




  1. 2012/07/16(月) 21:40:58|
  2. 店主の日記
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アップ休みといえば・・・

はい、昨夜は法悦の数時間を過ごしてきました。

仮住まい中はなかなか行けない寒河江駅前方面へ。
今回は30年通っている焼鳥屋さん。
繁盛店なのだが奇跡的に座ることができた。

「山森さん最近見えないね、と話していたんですよ。ほら、これが山森さんが最後に来た時のボトルです。」
マスターが出してくれたその焼酎の瓶には4月の日付が書いてあった。

3ヵ月も来てなかったんだ。
極端に言えば、このお店の白モツ(たれ)の串焼きを食うのが楽しみで生きているようなものだ。
できることなら月に3度は通いたい。

そしてサガリ、レバー、タン(すべて串焼き)、更には豚足。
久しぶりの極楽を味わった。

共に飲んだのは気のおけないバイク友たち。恒例CB1300戦隊である。
酒が進まない訳が無い。
生ビールで乾杯した後は4月の焼酎の残りと、同じ銘柄のボトルを丸々一本空けた。

「さ、もう一軒行こう」
またまたお気に入りの店へ。
ここではスパークリング白の辛口を一本空ける。

「ママ、このワインはまさか払えないほど高いんじゃないだろうね?」
「払えない時はゆかたを二、三着持ってきてもらえばいいですよ」
などと冗談をたたきながら楽しい時間を追加。

更にもう一軒行きそうな若い二人と別れ、千鳥足でアパートへ向かう。
素面(しらふ)の時でも20数分の道のりである。

まっすぐ歩けない、酔っ払いおじさんの典型である。
酒を飲んで車を運転すれば事故を起こすわけだ。

道のりの大体半分まで歩くと、ある友人のお宅の前に差し掛かる。
と思いきや、そのお宅に車が入る。

ははあ、友人のご帰宅だな。
ドンピシャリ!
ある打ち上げ会から彼は奥様のお迎えで帰ってきたのだ。

今日催されたあるビッグイヴェントの話などを立ち話している内に、ご夫婦から送って頂く事に。
あと1キロちょっとなのだがお言葉に甘える。

愛する狭い町と、愛する友人たちに感謝します。





  1. 2012/07/16(月) 20:44:08|
  2. 店主の日記
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左沢(あてらざわ)線乗車ウオーキング

仮住まいを始めてからずっと考えていた。
ウオーキングに左沢線乗車を取り入れてみたのである。

西寒河江のアパートからJR柴橋駅まで歩く。
到着しても列車が来るにはまだ10分以上あったので、更に先まで歩きまた駅に戻る。
これが43分。

誰もいないホームから乗車し、西寒河江駅で下車。
ここからアパート(仮住まい)までは徒歩11分。

歩いた時間は合計54分ほどとなった。





JR左沢線柴橋駅。
以前から幾度もこの駅を車から眺め、宮崎駿の世界のように感じていた。

羽前高松、西寒河江、わずか二駅、数分間の鉄道の旅。
運賃180円。

案の定楽しかった。写真が無いのが悔やまれる。
かわいい2両編成の列車がこの区間を走る時、まるでトトロの「猫バス」みたいだったのだ。




またやってみよう。
次は西寒河江から南寒河江まで乗って、歩いて戻るとか。




  1. 2012/07/14(土) 21:19:19|
  2. 店主の日記
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仮住まいの利点

数少ない利点の一つ。

安い!

さすがは2LDK。一日あたり3.8kw。100円。
店でも家でもこんな数字は見た事が無い。

今後の新宅や店舗での節電のヒントにしよう。





  1. 2012/07/13(金) 21:23:51|
  2. 仮住まい日記
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もうひとつだけ

銚子行備忘記事。

往き 寒河江IC~日立南太田IC  休日割引のため2,550円。
還り 日立南太田~二本松  同1,550円。 二本松~寒河江SA  同1,400円。

割引と軽料金万歳。
往きは寄り道せずに銚子へ直行したが、それでも所要時間は6時間半。

使用車は当然イース。
走行距離920km(たっぷり寄り道したからなー)。消費ガソリン37ℓ強。
燃費24.3km/l 。

路面 往きはずっとウエット。帰りはドライ。
乗員二人。荷物はある程度。気温が高く、やむを得ずエアコンをつけたり消したり。
高速走行が多いと燃費はまあこんなもの。

今回の交通費。
ガソリンが4千円台、高速料金5500円。合計約1万円。
100kmあたり約500円というガソリン代はすごいという他無い。






  1. 2012/07/12(木) 17:56:58|
  2. 燃費オタク
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銚子番外編(空の庭訪問)

二日目(8日・日曜日)の午前は千葉県銚子市の利根川向かい、茨城県神栖市を丹念に走ってみる。
30年前、営業活動で毎日のようにくまなく回ったエリアである。

だが、30年は長かった。
建物の多くは建て変わり、「あのお客様のお宅はどこだったろう」の連続。
ほとんど思い出すことができなかった。
記憶が時の流れの中に埋もれてしまったのだ。

正午近くなり、一泊二日の銚子・波崎訪問の目的をすべて達成し帰途に就く。
だがそのまままっすぐは帰らず、東北道を二本松で降りる。
まずは岳(だけ)温泉に向かい、「私の別荘」と勝手に思っている「空の庭」を訪問した。

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相変わらず大勢のお客で賑わっていた。今の日本では奇跡の商業施設といえる。

次に二本松の町中にある本店にいらっしゃるであろう空の庭リゾートグループのW社長に会いに行った。

本店と社長のご自宅の敷地のすぐ後ろに裏山がある。
中腹で草を刈っているおじさんがいる。

妻が「あれ、社長じゃない?」
「馬鹿を言うな。社長が草刈ってる暇は無いだろう」

しかしそれは社長であった。
お会いするのは何年ぶりだろう。
アポ無しで来てしまった。申し訳ない。




実は彼は、同じ銚子の石毛呉服店で同時期に修行した戦友なのである。
彼は早稲田大ラグビー部の出身で、逞しい肉体の持ち主である。

地方小都市の老舗呉服店の長男として生まれ、大学卒業後、家業を継ぐべく銚子で修行。
こう書くと同じような人生のスタートに聞こえるのだが、グレードが全く違う。

そして決定的に違うのは銚子卒業後の人生だ。
私は家業の維持に精一杯。
しかし彼の器は途方もなく大きく、安達太良山中に「空の庭」なる、プチホテル・レストラン・輸入雑貨ショップ・結婚式場の巨大複合施設を構築したのである。

10年も前になろうか、彼の器はそれでも足りず、福島駅西口にブライダルタワーを建設した。
更にそれでも足りず、おととし、同じ安達太良山中の元グリーンピアを入手、徹底改装して一大リゾートホテルの経営も加えた。

境遇やスタートが一見似たようなのに、なぜにこんなにも私と違うのか。
これが人間の器の差だ。すごい男である。

しかし戦友は戦友。銚子訪問の報告をし、近況を語り合う。
多くの銚子の記憶が彼と共有できているのでる。兄弟である。(と私は思っている)




これで今回の銚子訪問関係のブログを終える。
皆様、最後までお読み下さりありがとうございました。




  1. 2012/07/11(水) 23:25:39|
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銚子基礎情報

地理

tuba367 - コピー

坂東の東端ですね。太平洋に突き出し、半島みたい。
銚子の地理を人に話す時は「三方海」と表現するようになりました。
この地図も銚子がぎりぎり入るように作ってある。

拡大すると

tuba367 - コピー (2)

大河利根川の河口でもあります。
川が千葉と茨木の県境になっており、当時の私に与えられた営業テリトリーは川向うの茨城県鹿島郡波崎(はさき)町とその先の同郡神栖(かみす)町。
今は合併して「神栖市」となっています。

おっと銚子から話が逸れた。




観光

やはり最も有名なのは犬吠埼(いぬぼうざき)でしょうね。
ここやそのそばの「地球の丸く見える展望台」からの太平洋の眺めは圧巻です。
なにせ「三方海」だから、平凡な海の眺めとはちょっと違います。

海際だからサーフィン、海水浴、釣りなどはもちろん銚子の観光資源。

あとは昔から市民の足だった「銚子電鉄」(延長6km強)が、今や意外にも大人気の観光スポットになっていました。

CIMG7108 - コピー


レトロな車両や沿線の風景がファンにはたまらないのでしょう。
リュックを背負い、高級そうなカメラで車両を撮っているおじさん、おにいさんがたくさんいました。
なんと車両に一人、乗客に観光案内をしてくれたり、パンフレットを手渡してくれる女の子が同乗していて、乗客一人一人に気さくに話しかけている。
これには驚きました。




産業

①やはり今も昔も漁業・水産加工と醤油工場(ヒゲタ・ヤマサ)が筆頭ではないのかなあ。
②決して広大な土地ではないけれど、結構畑もある。
③また、近隣に大都市が無いために商業は殷賑を極めていた(当時)のですが・・・
この度の訪問で改めて銚子の商業地を眺めてみると・・・
なかなか厳しい状況に見えました。
我が国の地方都市はどこも同じ風にさらされているようです。
④私のテリトリーだった神栖の北端には当時から巨大なコンビナート(鹿島港)があり、そこへ通勤している方も多いかもしれません。



人口

あれあれ!?
私がいた頃は北総一の大都会、9万人だったのに!
市のホームページによると現在は6万7千人台。
この減少は激し過ぎる。一体何が原因なのだろう。





  1. 2012/07/11(水) 11:38:23|
  2. 店主の日記
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銚子③

さて、「じゃらん」で見つけて予約し、投宿したのは「ホテルなぎさ」。その名には少し運命を感じたりして。

CIMG7131.jpg

犬吠埼灯台まで徒歩0分というすごい立地だった。
なんでも、本州最東端の宿とか。

チェックインを済ませるとすぐに外出。
もう一件、ここまで来たら是非とも会わなければならないご夫婦がいる。

また町の方へ10分ほどかけて引き返す。
30年前、この町で過ごした2年間に、多くの方々に面倒を見て頂き、多くのご厚意を頂いた。
しかし、その中でいまだに住所も電話番号も忘れず、年賀状のやりとりなども続いているのはこのご夫婦だけとなった。

お世話になった方々の代表と勝手に解釈。
会長・社長にはさすがにアポを取って伺ったわけだが、本当に失礼ながら、こちらのご夫婦には突然の訪問をしてしまった。

いらっしゃった。お二人とも80代になられたというのにとてもお元気だった。

奥様が当時、石毛呉服店さんにお勤めだったのである。
優しいご主人と共にいつも「おいでおいで」とお招き下さり、お邪魔して新鮮な刺身などを何度ご馳走になった事か。
「修業は辛かろうが長くはない。がんばれ。がんばれ」と、よく励ましても下さった。

そのようなお世話になった方々が、この地には他にもたくさんいらっしゃるのである。
今回の訪問でその中のお一人が亡くなっていた事がわかり、非常なショックを受けた。

自分で書くのも妙だが、ご夫婦は我々夫婦の訪問をなんだかとても喜んで下さり、奥様はとうとう泣いてしまわれた。




もう夜の事とて、とても名残惜しかったのだが、後ろ髪を引かれたのだが(後ろにはまだ毛がある)、再会を約して辞す。

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その後中心街に行き、旨い寿司で夕食を済ませホテルに戻り、部屋の窓から風雨に荒れる夜の「君が浜」を長い事見つめて過ごした。
(画像は翌朝の君が浜だが)

「タイムマシン酔い」みたいな感じで・・・
30年前のたくさんの思い出が一斉に蘇ったり、
その後の自分の30年間を振り返ったり、
これからの残りの職業人生の事を想ったり・・・

(もう一回だけつづく)





  1. 2012/07/10(火) 17:57:39|
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銚子②

まずはお店を訪れる。
社長(当時は常務)の奥様が昔と同じく優しくお迎え下さった。
実は奥様はあの大歌手、松任谷由美さんの実のお姉様なのである。

そしてお忙しい中時間を割いて下さった社長さんと、思い出話も取り混ぜながら様々なお話をさせて頂く。
男前(石毛家の伝統。会長も、社長の弟様も美男子)も優しいのも昔から変わらないのだが、不肖の弟子としてはあの当時、現社長は時々鬼に見える事もあった。

「鬼」とは、もちろん「ビジネスの鬼」の事である。
呉服屋が結構忙しかったあの頃、最高司令官が、しかも修行中の若造に甘い顔ばかり見せる訳にはいかないし、甘いばかりの司令官の店なら、修行に適した店とは言えない。

ふにゃふにゃの若造の私がその後実家に帰り、芥子粒のような店ではあるが、なんとかここまで呉服屋を営み続けてこれたのは、実にこちらで修業させて頂いたお陰100%なのである。





まだまだ沢山お話を伺いたいのだが、時間には限りがある。
社長と奥様にまたしばしお別れの挨拶をさせて頂き、次は会長(当時社長)のご自宅へ。
中心街の店から車で10分ほどの、太平洋が目前の所である。

CIMG7133.jpg

ここは銚子市海鹿島(あしかじま)という所だ。
昔、映画「ゴジラ」が始まる前の「東宝」だか「東映」だかのロゴが現れる荒波の映像はここで撮影されたんだそうだ。

広大なご自宅は当時は石毛家の別荘。
私が不本意な草むしりを「させられた」まさにその場所である。

満91歳になられる会長は至極お元気。驚くしかない。
頭の回転も、明瞭なお話しぶりも、素早く矍鑠とした歩きぶりも、30年前と全くお変わりない。
齢をとることをお忘れになったかのようである。

あの当時、「鬼」役は既に現社長にお譲りになっており、私にとっては「優しい社長(当時)」であった。
だが、教わった事は山ほどある。

①仕入れの際はとにかく値切る事。あまりの値切りに問屋が怒り出す直前まで値切る事。
 問屋の「言い値」で仕入れてはならぬ。
 値切ってこそお客に安く提供できるし、他店との競争にも勝てるし、自社の利益をも生む事ができる。
 「値切れ!商人の正義はここにある」
 (この教えは私の祖母の「利は元にあり」に通ずるな)

②すべての道具は丁寧に扱え。長持ちさせろ。
 すべての消耗品は節約しろ。水も、トイレットペーパーも、セロハンテープも、なんでも、無駄に使ってはならぬ。

③便所掃除は自分が便器を嘗められるくらい徹底して磨け。
 流水ボタンや蛇口は下地の真鍮が出てくるまで磨け。

④スケジュールはいつ何時も綿密に立てろ。でたとこ任せは決してするな。

等々、30年後の今も、誰にでも当てはまるような事である。
今の我が身を振り返ると・・・
ああ、恥ずかしい。




会長宅訪問も瞬く間に時間が過ぎ、あわててお暇し、車でわずか数分の犬吠埼灯台そばのホテルへ向かう。

(つづく)



  1. 2012/07/09(月) 17:41:16|
  2. きもの・和装
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里帰り①

昨日今日の二日間、千葉県銚子市に行ってきた。たしか10数年ぶりの訪問である。
東京都心に行くのと距離はあまり変わりない。
寒河江から約400キロメートルである。
ただし、途中水戸付近で高速を降り、残り100kmは一般道なので東京行きより時間がかかる。
実際、6時間半ほどかかった。

CIMG7101.jpg

おお!利根川にかかる銚子大橋が新しくなっている。掛け替えたのかな。

CIMG7102.jpg

橋上から望む銚子の町。この眺めは30年前の2年間で千回も見たろうか。
なぜそんなに見たかというと、私に与えられた営業テリトリーが、銚子から見て川向いの茨城県鹿島郡波崎(はさき)町(現神栖市)だったからである。
毎日毎日、展示会の案内状や反物を積み、大橋を渡って波崎に出撃したのである。





さて一体何から書けばいいのか。




大学を終えたばかりの昭和56年3月、22歳の時の事だ。
私は大手呉服問屋の紹介で銚子の呉服屋さんに入社させて頂いた。
よりスムーズに家業を継ぐため、修行をさせて頂いたのである。
その会社は北総地域有数の老舗にして、有数の業績を誇る ㈱石毛(いしげ)呉服店さんという。
当時は社長以下20人ほどの、呉服小売店としては大所帯だった。

58年4月まで、2年ちょっと修行させて頂いた。
東北の寒村の、貧乏呉服屋に生まれた訳だが、さすがに飢える事は無く育ててもらった。(貧乏な割には肥満児だったが)
しかし、不撓不屈の根性とか呉服や商業の知識、世間の一般常識については当然ゼロからのスタートだった。
そしてあれから30年ほど経ったわけだ。

今思い返せば、「過酷」という言葉を使わなければならないような修行ではなかったと思う。
だがその二年は、甘っちょろく、無知でモヤシのような私には十分骨身に沁みるものだった。

情けなくも、幾度も「早く家に帰りたい」と思ったものだ。
与えられる仕事は楽ではなく、休みも少なく、疲れておんぼろアパートに帰れば炊事・洗濯・掃除も待っていた。
「お前は修業の身なんだから」という事で、退勤時刻はいつも一番遅かったと思う。

そして営業ばかりでなく、社長(現会長)のお孫さんの幼稚園の送迎や、海岸沿いの広大な別荘の草むしりまで「させられ」た。
なぜ、呉服屋の修行をしに来た私がそんな関係ない事をしなければならないのか、正直言って当時は不満を覚えた事もあった。

だが、今思い返せばそれらの一見呉服屋修行と関係の無い仕事が実は本当の修行だったのである。
商品知識など、実家に帰ってからいくらでも学べるのである。

(つづく)







  1. 2012/07/08(日) 22:22:19|
  2. きもの・和装
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a miracle in the suburb

夜8時頃、ウオーキング中に目を疑った。
山奥ではない。
寒河江の郊外に蛍がいたのである。

目撃地点はJA寒河江西村山柴橋支所と老人ホーム長生園を結ぶ、昔からあるあのたんぼ道である。
たんぼ道とはいえ、交通量は多く、市中心部からわずか2~3kmの所である。

立ち止まったのはわずかな時間だったが、一箇所で3匹も見つけた。
ウオーキング中のこととて、カメラを持っていなかったのが至極残念であった。

昭和34年にのどかな田舎町に生まれ育ったわけだが、わが町場とその郊外ではとんと蛍は見たことがなかった。
たった二度、市内醍醐(慈恩寺?)地区の山の中(寒河江の蛍の名所)まで出向き、40代になって生まれて初めて蛍を見たものだ。

本当に驚いた。農薬でもうんと減ったのかな。

車が行き交う道路脇での仄(ほの)かな光は実に可憐であった。




  1. 2012/07/06(金) 21:04:33|
  2. 店主の日記
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臨時休業のおしらせ

あさって7日(土)、研修出張のため全日休業させて頂きます。

ご不便をお掛け致しますが、なにとぞご容赦下さいませ。
9日(月)からのご来店を心からお待ち申し上げます。

※8日(日)は定休日です。




  1. 2012/07/05(木) 19:40:27|
  2. 店からのおしらせ
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特等席

今夜は楽団練習日だった。

4分の3の1拍目だけ音符がある小節が続く場面。

「1・2・3じゃないよ。1・2・3だよ」

と教えて下さる右のボンさん。

「はい。わかりました。何とかやってみます」

そして再びの合奏。

体も楽器も動かし、その結果やや四分音符が長くなったかもしれない。

左のファゴットさんから「よかった!二回目はすごく良かったよ! 」

「ありがとうございます」

この素晴らしいお二人に挟まれた私の席は、最高の特等席である。







  1. 2012/07/04(水) 22:41:17|
  2. 吹奏楽・音楽
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健診2012

6時の受付開始に合わせ、午前5時40分起床。
寒河江市内にある「山形県成人病検査センター」へ
ふっふっふ・・・
と不敵な笑いを浮かべて赴く。
それにしてもこの施設は仮住まいからいやに近い。

あれから一年。(正確に言うと13カ月)
検査後しばらくしてから高脂血症(中性脂肪とコレステロール)の結果も来たわけだが、
検査時に判明したのが超高血圧だった。
つまり、高血圧症の治療を開始してからたっぷり一年が経ったわけだ。




なぜ「ふっふっふ」だったかというと、
ここを継続してご覧の諸兄諸姉はご存知の通り、あの時から心を入れ替えて節制鍛錬に精を出してこの一年を過ごしたからだ。

今朝、即わかった改善点は次の通り。

①血圧 68-108 (服薬継続中なので当然なのだが、昨年のこのタイミングでは115-190だった)
②体重 70.1kg (衣服込みなので、スッポンポンの自己計測よりやや重いが、昨年は82kgだった)

「願ったり叶ったり」である。あとは数週間後に来る詳細結果が楽しみである。ふっふっふ。




そして今朝、不本意だった点。

①メタボ健診(腹囲計測)で86cmとでやがった。一体どのように計っとるんじゃい!
 ズボンのウエストは昨年の97cmから間違いなく79か82cmになってるんだぜおい!
 間違いだろおい!あとで自分で測ってみよっと。
 
②身長が170.8cmと出た。最盛期よりもちょうど1cm縮んだ! おーまいごっど!
 しかしこれは「不本意」というより「悲哀」だな。





さて、今夜は一晩抜いた酒が美味いだろうなー。ふっふっふ。




  1. 2012/07/04(水) 16:31:07|
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プロフィール

佐藤達也 四代目店主

Author:佐藤達也 四代目店主
呉服・和装・印伝専門店

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