呉服・和装・印伝 山森呉服店掲示板

お陰様で創業106周年。店主エッセイが多いかな。

期末手当

先週末だったか、長女が会社から期末手当を頂戴してきた。
ぺーぺーの昨年よりはずっと多かったような。

なんとありがたい素晴らしい会社。社長様。
なまんだぶなまんだぶ。

差し詰め私なら・・・

稼ぎが悪い罰として、逆に「期末オトシマエ」をたっぷり店に入れなければならないかも。





  1. 2015/03/31(火) 20:39:22|
  2. 店主の日記
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半蔵門の桜

半蔵門の桜


きのうは次女の初出勤日。
バカ親としてはたまらず夜、連絡を入れた。

まず無事に一日勤めたようだ。
なまんだぶなまんだぶ。

退勤後はすぐに地下鉄には向かわず、近くのお堀端まで行って桜を見てから帰ったと。

羨ましい。
呉服屋の一人っ子でなければ、ふた親揃っておれば・・・
私も東京に残っていたかも。




  1. 2015/03/31(火) 20:33:53|
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ハウスキーピング三昧

今日は代休日。忙しく過ごした。

午前はとりあえず二台、車のタイヤ交換。
出勤してしまった娘の車は明日やろう。

お次は新たに出現した屋外木部にペンキ塗り。
タイヤ交換もだが、これも結構大変。

そして様々な種類のゴミの処理にあちこち走る。
タイヤ交換中に通りかかった廃品回収トラックを呼び止め、
1キロ離れた店まで先導して段ボール他を出したり。

妻は洗濯と家の掃除だ。

家で昼食を摂り、午後は日光で傷みのきた屋内木部にニス塗り。
次は斧やチェーンソーで割り、切って庭に並べ干していた樹木をコンテナに格納。
コンテナ内で更にひと夏干す。

とどめは母の主治医の所へ行って処方箋をもらい、
お世話になっている施設へ持参し、介護プランの確認ミーティング。

当然ついでに母と面会。相変わらず元気な顔に安心。
施設職員の皆様の理に叶った手厚い介護の賜である。
母は来月で満87歳だ。まずは元気で90歳を目指してもらおう。

これで8日ぶりの休日は暮れた。あっという間だ。
いつか退職してからの日々も、意外と退屈しないんじゃないか。






  1. 2015/03/30(月) 21:44:12|
  2. 店主の日記
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決算市御礼と臨時休業のおしらせ

半期決算市、本日で三日間の日程を終了致しました。
弊店の基幹商品、正絹呉服に多数のご用命を頂き感激しております。
心を込めて調製させて頂きます。誠にありがとうございました。

また、明日30日(月)は臨時休業させて頂きます。
ご不便をお掛けし申し訳ございませんが、どうぞよろしくお願い致します。


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  1. 2015/03/29(日) 18:22:30|
  2. 店からのおしらせ
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2015楽団通常総会

だった。昨夜。

「シンフォニック・アンサンブル」から「櫻花吹奏楽団」に生まれ変って早や満6年。
入団から8年近く経つ。
長かったような、短かったような。

雑役係として新年度も団長や団を支えようと思う。

しかし結成以来9年半経つわがバンド、団員数がなかなか20人を越えない。
なんでかなー。
県内で最も人口の多い山形市が本拠地なんだけどなー。

コンクールに出ないと物足りない人が多いのかな?
青筋立てずに細く長く音楽に接するのも決して悪くないんだけどなー。

コンクールに出るとどんなに大変か、昨年思い知ったもの。





  1. 2015/03/29(日) 10:48:55|
  2. 吹奏楽・音楽
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もう一つの卒業式

結婚以来、ほぼ四半世紀にわたり、夢中で続けてきた超特大プロジェクト「子育て」。
きのうで完全に終了した。

子供が成長するにしたがって増大し続けた出費は最後にピークを迎えた。
毎月途切れることなく支出した仕送りと学費だ。

長女の大学入学から次女の卒業まで6年間あったわけだが、
その内二年間が二人重なった。ここが支出の最ピークだった。

延べにすると96カ月。我が家からみて、それは気の遠くなるものだった。
どうやって過ごしたのかよくわからない。

そしてネットで卒業式を見た後、最後の仕送りをした。
次女は3月30日(月)から社会人になるのに対し、初給料を頂くのはひと月後だから。


とにかくなんとか二人の子供を育て、世に送り出すことができたわけだ。
あとはただのバカ親として、子らの幸せを祈るのみ。

私も昔、親からほぼ同じことをしてもらった。その時は親一人子一人。今回は親二人子二人。
母が私を育てた時は、女手一つではあったが、当時のわが業界は最盛期で絶好調だった。
私らの場合は厳しい時代の中ではあったが、夫婦助け合って子育てを行うことができた。

いずれにしても、親からもらった恩を子供に返すことができた。
子を育てて初めて親の愛情と恩を思い知った。




約四半世紀。
過ぎて振り返れば「あっという間」とも言えるが、膨大な時間に違いない。

そして我々親は、これまでの四半世紀と全く異なる人生が今日からいきなり始まるのだ。
心構えなど何もできていないし、この日が始まることを具体的に考えてもいなかった。

さあ、今日からの人生をどう過ごすか。
子ばかりでなく、親も新たな人生の始まりなのだ。







  1. 2015/03/26(木) 20:33:57|
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卒業式 2015.3

今日は次女の卒業式だ。
朝、本人から「大学ホームページあたりで中継やるから見ては」と連絡有り。
仕事のスケジュールなどで出席を断念していた我々親には、期せぬ朗報だった。

便利な時代になったものだ。約一時間、事務室のパソコン前に妻と共に陣取る。
午前10時、日本武道館での平成26年度卒業式「午前の部」は始まった。

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大学が巨大(卒業生約2万人)なので、入・卒とも昔から午前と午後の二回に分けて(約一万人ずつ)挙行される。
次女の学部はこの午前の部だ。
親や先祖やお得意様に恥じない、店の威信をかけた振袖を着て娘は出席した。

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国歌斉唱
学旗・学部旗入場
修士記授与(代表者)
学位記授与(〃)
学業優秀者表彰(〃)
学長告辞
理事長式辞
来賓祝辞
卒業生代表答辞
校歌斉唱

粛々と式は進み、終わった。とりわけ心に残ったことを二つ。

学長、理事長、来賓、揃って辞の中にあったのが、
この卒業生たちの入学式が、大震災の影響により中止になったこと。
この子らも、親たちも、このことは忘れられないと思う。

来賓はみちのく銀行頭取だった。
彼は昭和56年卒業。学部は違うが、なんと私の同窓生だ。
あれから34年。かたや大銀行のトップ。かたや田舎の零細呉服店のおやじ。
彼も私も頑張って生きてきた、ということでは同じ。(レベルが違うか?)

どこを卒業した誰もと同じように、次女には母校を一生涯誇りとして生きて欲しい。
これまでよく頑張った。おめでとう。








  1. 2015/03/25(水) 20:39:27|
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しあわせラーメンさっそく

ご来客のため今日の昼食は午後2時。
閉店間際のご来客により、帰宅はいつもより遅め。
書いたばかりでさっそく軽めの「しあわせラーメン」状態が実現。
しあわせ。

また、午前中にお伺いしたお客様ではお茶をご馳走になり、ご夫婦と四方山話に花が咲き、
「そうそう山森さん、久しぶりにばあちゃんをお参りしてって下さい」

こちらのおばあちゃんにはご生前、長きにわたって大変なご贔屓を頂いたのだ。
お葬式以来初めてお参りさせて頂く。奥様のお気遣いがとても嬉しく、ありがたかった。

しまいには銘酒のお土産まで頂いて。
私は商売をさせて頂いた側。なぜ私ごときにこのようなご厚意を下さるのか。

商人(あきんど)とお客様が逆転しているではないか。
若い時から実に多くのお客様に、数え切れないご厚意を頂戴している。




だから、
昔のように業績があがらないからとか、昔のような儲けがないから、
というくらいの理由で呉服屋をあきらめたり、転業したりは絶対できないのだ。

これはもう、恩返しと信念と意地だ。
若い頃、「これで生きていく」と自ら決め、大好きでやっている仕事から離れることはできない。
簡単にやめてはお客様と親や先祖に顔向けができない。

だから職業人として「この仕事と心中する」と決めている。
「しあわせラーメン」を一杯でも多く食えるように。






  1. 2015/03/23(月) 20:45:12|
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餞(はなむけ)2015.3

二年前のちょうど今日、大学を卒業し就職を控えた長女に、ここに餞の一文を書いた。
奇しくも同じ日か。

最後の春休みで帰省して いた次女が先程、最終の新幹線で東京に戻っていった。
私は飲み会を中断して(マブたちごめん)妻と二人、山形駅まで送ってきた。
二年前の長女と全く同じく、目前に卒業式と就職を控えているのだ。

長女は卒業後家に戻り地元で働いているが、次女は都心の会社に就職する。
畏(かしこ)くも、陛下(皇居)のすぐおそばの会社である。羨ましい。

4年前の次女の日本武道館での入学式は、運悪く大震災の影響で中止となった。
マーチングバンド全国大会で三度行っているからうんと珍しくはないかもしれないが、
せめて卒業式だけはあそこに行ってほしい。父も昔、あそこでの入・卒式に行ったのだ。

ちょっと早いが、卒業・就職おめでとう。これまでよく頑張った。褒めてつかわす。
お前は姉と同じく、お父さんとお母さんの誇りだ。

姉の時と同じようなことしか書けないが、健康と安全に留意し、会社のために尽くせ。
それがひいては世のため人のためになる。

人生は努力と辛抱と、優しさと勁さだ。
そして離れて暮らす分、我々親にできる支援は利用しろ。

少し泣き虫だが、頑張り屋でセンスと頓智と観察力のあるお前なら、間違いなく進んでいける。
自信と誇りを持って歩め。父が太鼓判を押してやる。

おめでとう。おれは当分死なん。相当長く応援する。がんばれ。






  1. 2015/03/22(日) 22:12:48|
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しあわせラーメン(後編)

(つづき)

また、昼飯時から延々とご来客が続き、食える状態になったのは午後4時、5時なんてこともよくあった。
さすがにそんな時間になると、夕飯のことを考えて食おうか食うまいか迷ったものだ。

我が家ではそういう状態も「商人最高の幸せと思え」と教えられている。
しかし残念ながらしあわせラーメンも昼飯抜きもなかなか味わえなくなって久しい。

気付けばわが町も呉服店がめっきり減った。
減っても昔ほどの忙しさがないということは、呉服・和装品の需要減少がそれ以上に進んでいるからか。

そんな中、いまだに営業を続けさせて頂いているのは、
これはもうお客様と神様仏様、ご先祖様のご加護としか考えられない。なんとありがたいことか。



実は昨日、「臨時休業」の予定を取りやめ、一日営業した。
おとといここに休業を告知した後、あるお客様からご来店の連絡を頂いたのだ。

久しぶりの「しあわせラーメン」、営業しないわけがない。
そのお客様方の時間に合わせて2~3時間のみ開けるのも、一日開けるのも大きな変わりはない。

この度の臨時休業には重大な理由は無かった。
「月に一度くらい定休日と続けて休んで頭と体を休め、雪の融けた自宅庭でも掃除しようか」
くらいな動機だった。

一日店を開ければ当然他のお客様も入ってこられる。
連絡を頂いたお客様たちの他、何組かのお客様のご用を足すことができた。
休んでいたら、折角お越し頂いたのに皆様お帰りになるしかなかったわけだ。

結果、それなりの売上げはできるし、開けてご迷惑をお掛けする人はいない。
ご不幸のため、緊急なものをお探しにこられたお客様にお応えできたのも幸いだった。

これすべてご来店連絡を下さったお客様が当店に齎してくれた「しあわせラーメン」である。
休んでいる場合じゃない。

お陰様です。御礼申し上げます。ありがとうございました。






  1. 2015/03/22(日) 07:28:11|
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しあわせラーメン(前篇)

零細ではあるが、百年以上商家を続けている我が家に代々伝わる宝の一つを紹介しよう。

昔は今よりずっと忙しかった。殊に催事中はご来客が多い。
「今日はとても昼ご飯を作る暇が無いから、出前でラーメンを頼もう」ということになる。

お客様が途切れた時に出前が来れば御の字だが、そううまくばかりはいかない。
接客中に出前が届けば、当然それにありつくのはお客様がお帰りになってから。

また、全てのお客様が引けて、家族や店員さんが全員揃って「頂きまーす」を言った直後、
お客様が「こんにちはー」。さすがにこれはきつくないと言えば嘘になる。

とどめのように間もなくまたお一人「こんにちはー」。
一口も手を付けずに瞬間的に箸を置き、「いらっしゃいませー」。
まず一人、続いてもう一人、売場に飛び出してお相手を始める。

和装小物などの場合は短時間で応対が済むことがあるが、
お召物(呉服)選びの場合は大抵一時間半はかかる。

大喜びで一生懸命お相手させて頂き、商談がまとまり、お客様がお帰りになる。
で、手の空いた順に食事に戻る。

ラーメンはとうの昔に室温と同じになり、汁は全く無くなり、麺は昔の黒電話のコードのような太さになっている。
我が家ではこの状態のラーメンを、「商人(あきんど)にとって最高にありがたいもの」と口伝されている。

事実、お客様のご用向きを果たした後のこの「ラーメンだったもの」は「食える」のである。
お客様のために生き、生かされていることを実感しながら食えるのだ。

逆に言えば、毎回毎回何にも妨げられずに食事を始めることができ、
終いまで喰い遂せることができるのは商売が十分に繁盛していないとも言える。

(後篇に続く)






  1. 2015/03/21(土) 19:54:38|
  2. 店主の日記
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臨時休業のおしらせ

あさって21日(土・春分の日)、休業させて頂きます。
ご不便をお掛けし誠に申し訳ございませんが、どうぞよろしくお願い申し上げます。





  1. 2015/03/19(木) 20:08:21|
  2. 店からのおしらせ
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お悔み2015.3

昨年秋から先月あたりにかけ、知人友人の親御さんのご葬儀が嵐のように続いた。
このところそれがやっと途切れてほっとしていた矢先、この度知人の御子息が亡くなられた。

何一つ、知人にかける言葉が見つからない。






  1. 2015/03/18(水) 21:48:54|
  2. 店主の日記
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新玩具

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7インチタブレットだ。外専用のつもりなので、ポータビリティを最優先して選んでみた。
きのうの午後に注文したら今日の午前に着いてしまった。
なんだか少々気持ちの悪い世の中である。
設定にはちょっと手を焼いた。

写真上の「正統携帯電話」で通話・メールは完全に間に合っているので、こいつはデータ通信専用にした。

費用はというと、端末代金+月972円。
入手を決めた理由はというと、常々恩恵を受けているインターネットを出先でも利用できれば、という単純なもの。
生活固定費が増していくのは大嫌いだが、「月972円ならやむを得ないか」といったところ。

ツイッター・フェイスブック・ラインなどにはいまだに興味も持てず、使う予定も無いが、
この外専用玩具がどれほど自分の役に立つのか立たないのか試してみるつもり。

と思って始めるわけだが、さてどうなることか。まずは使い方を覚えないとね。



それにしても・・・
一度きりの大事な人生がどんどんITに縛られていく。
その束縛と出費はは20年ほど前の携帯電話とデスクトップパソコンの使用から始まった。

もうたくさんだ。バカバカしい。これで打ち止めとしたい。
(と言いながら、ブログなるものをノートパソコンに向かって今書いている自分。救いようがない)






  1. 2015/03/17(火) 20:50:05|
  2. 店主の日記
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2015.3電気

薪ストーブの微小な稼働はもう少し続くだろうが、冬は終わった。
今日来た「電気量のしらせ」自宅分。

まずは売電(発電-消費=余剰)分。↓

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雪解けにより、先月下旬からちょっぴりだが始まった。パネルへの積雪沈黙、長かった。

そして買った分。↓

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31日間で515。昨年同期は28日間で925。
一日当りで比較すると、今年16.6kwh、昨年33kwh。

ほぼ半分だ。金額ベースでは57%減。
これがオール電化の我が家のエネルギー代金のすべて。

何度も書いたが、薪ストーブによるエアコン稼働ゼロの結果である。
そしてひと月515の大半はエコキュートが食ったと思われる。

これはもうどうしようもない。
それが嫌なら退職したら五右衛門風呂にでも改造するしかない。
ハッハッハ。




  1. 2015/03/16(月) 21:11:10|
  2. エコロジー
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ディスプレィ一家

夜、こうやってパソコンに向かっていて、ふと目を上げると・・・
妻テレビ、長女スマホ、次女ポータブルゲーム機。
リビングに全員揃っていて会話無し。





  1. 2015/03/16(月) 20:44:59|
  2. 店主の日記
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CIMG9766.jpg サーモン他の前菜。こういうの何年ぶりか。

CIMG9767.jpg 桜の花入りのコンソメ。ズバリ桜の匂いに感動。

CIMG9768.jpg フィレをミディアムで。「あら-、お久しぶりー」。

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ワインとパンとコーヒーを撮るの抜けた。

数年ぶりに訪れたY.G.ホテル8FのレストランA。昔、景気の悪くなかった頃は年に数回行ってたっけ。
我が家にとっては数十年前から最も贅沢な場所だ。日頃の質素倹約はこういう日のために。

今宵は次女の卒業・就職祝いだ。
そして心の中では・・・

我ら夫婦の子育て完了祝い。
就職して二年、一日も休まず勤めている長女へご褒美。
来月で87歳になる母がまずまず元気でいてくれること。
創業104年目を迎えている店が今も続けさせて頂いていること。

ついでに色んな事に感謝し、乾杯した。フルボトル一本を家族でペロリ。

おめでとう。人生は健康と辛抱と優しさと勁さだ。
がんばれ。ボケない内は死ぬまで応援し続ける。





  1. 2015/03/13(金) 22:15:55|
  2. 店主の日記
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午後2時46分

合掌、黙祷。

あの日から今日で四年。
亡くなられた方々を悼み、ご遺族には改めて、謹んでお悔やみ申し上げます。
また、被災され、公私に亘り再建中の方々には心からエールを送ります。
頑張れ被災地。


多くの人と同じように、あの時を境に自分も少し変わったと思う。
五年後、十年後も、ずっと、あの体験、あの気持ちを忘れないよう。






  1. 2015/03/11(水) 20:07:07|
  2. 店主の日記
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中古ハヤト入荷

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↑ 印傳屋の高級メンズブランドシリーズHAYATO(隼人)。
その中の№8901(セカンドバッグ)の「黒」の中古が一点入荷しました。↓

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仕様はこの通りです。↓
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中古ですから僅かな擦り傷などはありますが、ハードな使用をしていないため程度は「上」です。
税込21,600円(店頭渡し)で販売します。
発送納品の場合は、恐れ入りますが運賃とお振込手数料が加算となります。

以上、どうぞよろしくお願い致します。








  1. 2015/03/11(水) 17:01:42|
  2. 印伝
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スランプ 2015.3

三日、ここをあけてしまった。
書けないのである。久しぶりだ。

ネタはたくさんある。
東京大空襲70年の追悼、明日で大震災から4年になること、商品紹介、
連合艦隊の近況、このブログはパソコン画面しか意識せずに作って(書いて)いること、
家族のこと、仕事のこと、ホワイトデーのこと、バンドのこと、気になる日本語・・・

たくさんあるのに終いまで書き遂(おお)せる気力がない。

こういう時は「ま、たまにはこんなこともあるさ」と、気楽に構えるしか無い。
書けない時はいつもこんなものだ。

しかしどうしたんだろうなー、今回は。
原因に心当たりが無い。






  1. 2015/03/10(火) 17:34:20|
  2. 店主の日記
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KISS in SENDAI 画像

2月28日のKISSは携帯電話とスマホ限定ではあるが、なんと撮影フリーだった。

「でも他の客の迷惑になるので、デジカメ・ビデオカメラ・タブレットでの撮影は禁止」
とのアナウンスもあったが、
でかいタブレットや、三脚付けたビデオカメラは確かに迷惑だろうが、
コンパクトデジカメなら携帯・スマホと同じじゃないかなあ。

では、しょぼいガラケーで何枚か撮った中から少し。

P1000146 - コピー  ← KISS ARMY タペストリ

P1000152 - コピー ← メインステージ

P1000158 - コピー ← サテライトステージのポール・スタンレー


どうでしょう?
こんな画像じゃあ、あの熱気は伝わらないかな?


そうそう、多くの観客がフェイスメイクをしてたっけ。
いや、顔だけじゃなく髪型から衣裳、靴まで、丸々ジーンやポールになりきった人もちらほらいた。
まわりの人たちから大人気で記念撮影されてた。

ああいうのって、あの場所ではなかなか好感を持てた。
この齢ではなかなかできることではないが、ちょっと憧れる。

昔々、自分の結婚披露宴の「新郎新婦入場」では本気で、
あの高らかなテーマ曲と共にスーパーマンの扮装で入りたかったくらいだから。
しかし今の私の場合、まず最初に「づら」が要るな。あと、「腹コルセット」か。

KISSのステージ、とても楽しかった。





  1. 2015/03/06(金) 16:01:51|
  2. 吹奏楽・音楽
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お客人

きのう早朝、帰省中の次女の友人二人が、東京から夜行バスでやってきた。
今夜遅く、やはり夜行バスで次女も加わり三人で東京に戻る。

きのうから今日にかけ、この三人は銀山温泉(尾花沢市)一泊の旅を楽しんだのである。
銀山行前後の時間は我が家で過ごした。

この二人のお嬢さんたちは娘が大学で出来た友人たちだ。
一人は埼玉、一人は東京が実家。皆今月、目出度く卒業である。

おめでとう。
健康と安全に留意して立派な日本人になってちょうだい。




そういえば私も学生時代の友人たちのご実家には随分お世話になった。
千葉我孫子市、静岡三島市、同富士宮市、京都市、兵庫尼崎市、熊本市・・・
あちこちに幾度泊めて頂いたことか。

今、その恩返しがいささかでもできるのは嬉しいことだ。
娘たちには何人でも何度でも、何歳になっても我が家に友人たちを連れてきてほしい。





  1. 2015/03/04(水) 21:57:39|
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ゴミだらけ

(きのうは多大な拍手を頂き、心から御礼申し上げます)


雪解けにより、通勤ゴミ拾いを再開してからあっという間に一週間が経った。
再開初日、ここに
「ひと冬かけて堆積された大量のゴミを、一往復してごってり拾ったから、二日目からは小さい袋で間に合うだろう」
と書いたが、いやいやどうして、敵はなかなかだ。

日々捨てられるゴミの他、歩道車道間の雪の山脈がどんどん小さくなり、
そこから冷凍保存されていたものが次から次と現れるのだ。

再開後のこの一週間ずっと、常には10分の通勤・帰宅が、往復とも20分前後かかった。
信号待ちの車が並んでいる交差点付近で、頻繁に屈んでゴミ拾いをするのはなかなか気恥ずかしいものだ。

だが私の目的はゴミ拾い。拾わないわけにはいかない。

なぜそんなにポイポイポイポイ捨てるのか。
謎は解けないが悟りを啓くことはできるかもしれない。

「街のゴミ拾いは庭の草とりと同じ。永遠に続く」と思うこと。







  1. 2015/03/03(火) 20:58:31|
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生まれた時には既に父はいなかったと聞いている。
KISSを観に行ったおとといの日中、父のことを本家本元から聞いてくれた友人と会った。

父の情報を本格的にこの耳に入れるのは初めてのこと。
先頃、思い切って彼に依頼していたのである。

多くの事を初めて知り得たが、ここに書くことでもないので、全て自分の頭の中に入れておく。


今やこのことを頼めるのはこの世に彼しかいない。
私の依頼に快く応じてくれた友人のご厚意に感謝する。
また、彼との付き合いが30年以上前に始まっていたことも絶妙のご縁と言うしかない。




追記

私には祖父母(とうに浄土で暮らしている)がもう一組存在することを、生れて初めて意識した。
「何を今さら寝ぼけたことを」と多くの方は思うだろうが、私はこの年までそんなことも考えたことがなかったのだ。

そして私の体は父母二人の血で出来ていることも改めて。






  1. 2015/03/02(月) 22:09:07|
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地獄の軍団

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昨夜、グランディ21セキスイハイムスーパーアリーナでKISSを観てきた。

高校時代から親しんできたKISS。衝撃的なバンドだった。
本格的なへヴィーロック、その前代未聞のビジュアル、刺激の極致のステージ。

そのKISSが目の前にいた。夢のようだった。またまたでかい冥土の土産。
個人的にナンバーワンの「デトロイトロックシティ」でショーは始まった。最高だ。

何百回、何千本の焔が吹き上がったろう。
火炎が空中高く上がるたびに、数十メートル離れていてもその熱を感じた。

ジーンは火を噴き、ドクドクと吐血し、終始長い舌をペロペロ、
ポール(スタンレー)はアリーナ後部の小ステージに空中を飛んで移動したり、
しまいにギターを床に打ち付け、木っ端微塵にしてくれた。
ラストは延々と盛大な紙吹雪。

つまり、私(多分観客のみんな)が期待していたことを全部やってくれた。フルコースだ。
オケ、ジャズ、吹奏楽、サラ、他、すべての音楽と同じ、KISSも間違いなく音楽の一スタイルだ。
音だけでなく、ビジュアルでも楽しませてくれる点はマーチングバンドに似ているかもしれない。

立ちっぱなしの、休憩なしの1時間50分はあっという間だった。
ス○パ○の時と違い、同じ立ちっぱなしでもKISSは全く辛くなかった。これすべて好みの問題だが。

それにしてもよくやる。ジーンもポールも60代なのだ。
休み無しの110分。並の体力ではない。

吹き上がる焔とスモークと無数のレーザービームの中の彼らを双眼鏡で見た時、、
この世のものとは思えない気がした。

滅多に無い楽しい夜となり、抽選までしてチケットを得た甲斐があった。
また、偶然一人の友人とも往復の道中を共にすることになり、楽しさは倍加した。
私がKISSを知った頃、彼は小学高学年か中学の初め頃だったか。大したものだ。

最後に、ポールのしゃべりで最も印象に残ったやつを紹介して筆を擱く。

Monday Tuesday Wednesday Thursday Friday Saturday SENDAI!
KISS loves you SENDAI!







  1. 2015/03/01(日) 21:05:50|
  2. 吹奏楽・音楽
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佐藤達也 四代目店主

Author:佐藤達也 四代目店主
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