呉服・和装・印伝 山森呉服店掲示板

お陰様で創業106周年。店主のエッセイもたまに。

大石田小さな旅②(乗舩寺など)

歴史民俗資料館から徒歩で二、三分の所に次の訪問地乗舩寺があった。
お目当ては釈迦涅槃像だ。

山門を入り、すぐ右手にそのお堂があった。
間口二軒あるかないか。

拝観料など要らない、望む者が堂の鉄扉を自分で開けて拝観するという、おおらかなものだった。
扉を開けると、格子越しに入滅時の釈迦の姿があった。全長二メートルほどか。

お姿を拝するなり、娘らはともかく我々夫婦は声を発しながら思わず跪いた。なまんだぶなまんだぶ。
有難かったのだ。何か不思議な力を感じた。年齢であろう。
まだの方は是非一度参られるといい。圧巻です。

そして、涅槃像お堂の隣には・・・

なんということ!茂吉の墓があった。
先生、ここにもおられましたか!

少々調べてみると、当然分骨だそうで。
斎藤家代々の墓のある青山墓地にメインの墓があるのだろう。
今度行ってみるか。

ともあれ、墓の前からしばし動けなかった。

大石田への数時間の小さな小さな旅。
私にとっては思いがけず大きな旅となった。

こんなこともあるのだ。知らないということは惜しいことだ。
行ってよかった。

そして、帰ってきてから知ったこと。
乗舩寺のほど近くにある浄願寺の山門は、なんと昨年ガスマン氏と登山した延沢城から移築したものだと。
そしてその浄願寺は、数百年前に開かれたわが檀那寺開祖の兄が開いた寺とのこと。

何もかもが何某かのつながりがある。
つまり人の世はの結構な割合で「縁」でつながっているのだ。

すごい。

(完)







  1. 2015/07/31(金) 15:55:42|
  2. 店主の日記
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「猫」今昔

妻が私の書庫から漱石の「猫」の文庫本を引っ張り出してきた。
以前から勧めていたからだと思う。見事読み遂せたら褒めてやらないと。

だがそれはあまりに古いため(私が高校生の頃買ったもの)、
紙は茶色く変色し、活字は今となっては驚くほど小さく・・・

ということで、中古本屋に行って平成9年発行のものをさがしてきて較べてみた。

CIMG9619.jpg

左が前者、右が後者である。同じ角川文庫だ。

CIMG9621.jpg

そういえば昔は上面↑がきれいに裁断されていなかったっけ。なぜなんだろう。

CIMG9620.jpg

↑おやおや厚さまで違う。なるほど。

CIMG9623.jpg CIMG9622.jpg

↑これが第1ページ。字が大きくなったから、新しい方(左)が1行少ない。
これで本の厚さも変わってくるわけだ。紙厚も少しは違うのだろうか。
本文だけで45ページの差があった。

そして該博な先生の本につきものの「注釈」も較べてみると

CIMG9626.jpg

CIMG9625.jpg

新が516項、旧が471項。1割(45項)も増えている。
時代が進んで注釈が増えるというのはなにやらさびしい。

CIMG9628.jpg

40年も前にこの価格↑で

CIMG9629.jpg

いま108円で買っている。妙なものである。

半世紀もかければ随分色んな本を読むことができたが、
読後、自分の知識が10倍100倍になったような気がする稀有の一冊だ。
久しぶりに読んでみようかな。

それにしても、この先生の恐るべき知識の量には畏怖の念を覚える。
先生より相当長く生きた自分は、一体毎日何をしてきたのか。

日々仕事して飯食って酒飲んで寝る、その繰り返しの人生。
ほとんど何も知らない内に阿弥陀様のお迎えの日が来てしまうのだろう。

脳の出来不出来もあろうが、これが「積み重ね」の恐ろしさだ。





  1. 2015/07/29(水) 17:02:07|
  2. 店主の日記
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懺悔2015.7

久しぶりのこのカテ。
前回はと言うと、昨年の11月だった。

さて、今月一カ月でなんと二度も人様に御迷惑をかけてしまった。
二度とも「期せずして」ではあるが、迷惑は迷惑。

この齢になって恥ずかしい。
修行と反省あるのみ。懺悔。




  1. 2015/07/29(水) 13:30:29|
  2. 懺悔の部屋
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プロフェッショナル

先日、あるお客様から紬(つむぎ)の単長着(ひとえながぎ:ひとえのきもののこと)をお預かりした。
「これを単(ひとえ)の二部式きものに改造してちょうだい」とのご用命だ。
呉服屋にとっては珍しくないご注文である。

いつもの和裁師さんに要点を説明の上、発注した。
数日して彼女から電話。

「社長!このきもの、解いて用尺を吟味したら、お客さんのご希望寸法には全然足りません」
「お前(すごく親しいのでこんな口をきいている)、ベテランのプロだろ?泣き言言わずに出来ることを全部考えてみて」

続けて
「共衿に隠れる部分の地衿とか、きもの袖から短い元禄袖になるんだからその余りとか、
 外紐は共布でも、中紐は別布を使うとか、最悪の場合は下衣の下前衽(おくみ)は別布にするとか、
 与えられた条件の中で仕立てるんだから、最小限の接(は)ぎができるのも構わないからね」

「わかりました。やってみます」
「よろしくお願いします。それでも困ったら連絡ちょうだい」

それから十日ほど経って彼女が来店。
「出来ました」

ウルトラCとも言える見事な出来栄えだった。さすがはプロ。天晴れである。
もちろん呉服屋の功績ではなく、和裁師さんの腕前がすごいのである。

そういえば先月もこれとそっくりの困難なケースを、別の和裁師さんが「しゃらっ」とやってのけてくれた。
あの仕立も見事だった。





今の時代、和裁師さんはもはや無形文化財に近い貴重な存在なのではないか。
今となっては一万人に一人といった能力と思う。
呉服屋など、クライアントと和裁師さんの単なる架け橋に過ぎない。

ただ呉服屋の名誉にかけて言えば、呉服屋はそんな時、
コーディネーターとして一定以上の能力(知識と経験と見識)が不可欠と思う。










  1. 2015/07/28(火) 21:25:13|
  2. きもの・和装
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大石田小さな旅①(聴禽書屋)

ちょうど一週間前の7月20日(月:海の日)、家族で大石田に出かけた。
約30kmだから40分もあれば行ける。
第一の目的は昼食である。

たしか今年になってからか、次女が友人と共にJR大石田駅舎の中にあるそば屋に行き、「なかなか良かった」と言っていたのがきっかけだ。
東京で暮らしている本人も、この日は奇跡的に家に居たし。

美味かった。どうぞネットでお調べ下さい。
そしてそばを食っただけではもちろん帰らない。

食後、残念ながら得意の「城址」は有無もわからなかったので、まずは同町立歴史民俗資料館に向かう。


大石田町立歴史民俗資料館

入館料200円。コンパクトな建物で簡素な展示だが、好ましい佇まいの施設だった。
お誂え向きに、同館はもう一つの目的「聴禽書屋(ちょうきんしょおく:命名斎藤茂吉)」と文字通りつながっていた。

聴禽書屋


これがそれだ。うしろや右に見えるのが資料館。一石二鳥である。
ここは茂吉が終戦直後に二年暮らした二藤部(にとべ)家の離れだ。
だから当時旧制松高生か東北大生だった次男宗吉(北杜夫)も暮らしたはずだ。

資料館で茂吉関係の資料をたっぷり拝見した後、彼らが暮らした家の中にも入ることができた。
感無量である。

なぜ感無量か。
古今を通じて我が国を代表する、そしてわが県の誇りである大歌人茂吉をそもそも尊敬していたし、
先日仙台文学館の記事にも書いた通り、北杜夫は私にとって特別な存在だからだ。

そして我が家も私が10歳まで、こんなような古い家屋を保持していた。
だからこの建物のどこを見ても懐かしさがこみ上げてくる。
行ってよかった。

しかし、小さな同町内の次の訪問先には更なる感動が待っていた。

(つづく)





  1. 2015/07/27(月) 20:37:09|
  2. 店主の日記
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あほ

改築(この言葉でいいのかな?)して早や2年10カ月経った我が家。
浴室のブラインドの一部に初めてカビが生えた。
これはカビ取り後の写真。↓

CIMG9611.jpg

ブラインドの下の方の数枚にたくさんの黒いポツポツが発生していたのだ。
朝からカビ取り剤を買いに行き、掃除し、きれいになって一件落着。




しかし、だ。

CIMG9612.jpg

↑ 掃除前にこれがすっからかんになっているのに気付き、買ってきたのが手前のカビ取り剤。↓

CIMG9613.jpg

資源とお金がもったいないので当然詰替え用。
ところが・・・

CIMG9614.jpg

買ってきた赤い詰替え用に、とっておいた青いノズルを装着しようとしたらゆるくて締まらない。
口の直径に若干の違いがあったのだ。
舌打ちしながら手で包むように持ち、だましだまし噴射した。

掃除後も赤い方のカビ取り剤はたっぷり残っている。
やむをえない。残りはまた同じようにだましながら使うしかない。
そう考えてふたを閉めた赤いボディと青いノズルを仕舞った。




夜、風呂に入ると捨てるばかりのあの空容器が眼に入った。
じっと見た。

CIMG9612.jpg

ここでやっと気づいた。
新たに買ってきた詰替え用を、青い方に移して使えば何の問題もなかったのだ。


なぜこんな簡単なことに気付かなかったか。
認知症のはしりと違うか。単なる知能指数の問題か。

皆さんはこんなことありませんか?
大丈夫に決まってますよね。







  1. 2015/07/24(金) 19:54:50|
  2. 店主の日記
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大石田小さな旅予告

連休中のおととい、正午からの数時間で大石田町に行ってきた。
本場の蕎麦も美味かったが、数箇所の初訪問先が非常に印象的だった。
写真を整理し、近日アップ予定。





  1. 2015/07/22(水) 20:59:09|
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役場回り③

3連休を休んで今日は三日目。最終日である。
まずは二日目にやり残した最上地方から。

22番(札所みたい?) 大石田町
23番  舟形町
24番  最上町
25番  尾花沢市
ここで昼飯時を迎える。もちろんまたラーメン屋。今日は猛暑なのでつけ麺。
26番  村山市
27番  東根市  今回はここが一番立派な建物と敷地だった。
28番  天童市
この天童で、唯一お役所でない先にもお伺いさせて頂いた。お世話になりました。
29番  中山町
30番  山辺町
31番  寒河江市  ここで午後4時を過ぎた。打ち止めだ。

帰りの新幹線も気にしなければならない。
今日は顔をしかめ喘ぐほど三日間で最も暑く、体力を消耗した。

初日250km、二日目300km、今日170キロ。合計720Km。わが県は広い。
山形県35市町村の内、三日で回れたのは31。
概ね予想通り、地元西村山郡の4町を回り残した。

が、まあよくやったと思う。昼食以外は全く休まず走り回ったのだから。
走行距離や運転経験などを考え、初日と二日目はバカ親が運転を引き受けたが、三日目は私はナビに徹し、すべて娘が運転した。

就職からわずか4カ月。文字通りぺーぺーの社会人である。
これから経験しなければならない努力や試練はその百倍ある。

が、健康と覚悟がある限り、それは誰もが乗り越えられることだ。
おやじも母もだいぶ乗り越え、姉もその真っ最中だ。

そろそろ世田谷の住処に帰りついた頃かな。ご苦労さん。今後も健闘を祈る。







  1. 2015/07/21(火) 21:55:01|
  2. 店主の日記
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久しぶりのコンクール

多分、仕事で帰省中の次女に触発されたのだと思う。

きのう日曜、彼女は午前と午後の二度に分け、昔から市内の大ホールで催される全日本吹奏楽コンクール山形県大会村山地区大会を聴きに行った。

寒河江に住む吹奏ファン・関係者は近くて幸せだ。
私もなんだか行きたくなり、夕方近い時刻から始まる「一般の部」のみ聴きに行くことにした。

一体何年ぶりのコンクール観戦だったろう。
次女が高校を卒業してからは行ったことがあったろうか。
私は本物の吹奏楽ファンではなく、ただのおっかけバカ親だった可能性が高い。

いや待てよ・・・
昨年は運命のいたずらで、こんな齢で生まれて初めて県大会と東北大会に奏者として出場したんだっけ。
そのついでに他団体の演奏も聴いたりしたんだ。
では一年ぶりか。なーんだ。




村山地区のエントリー一般団体は、山形吹奏楽研究会さん、上山吹奏楽団さん、そして我が地元の星、寒河江吹奏楽団さんの3団体だ。

バカ親時代のように、ここに熱心にこまごまと感想を書くのはやめ、超簡単に書く。
さすがは一般、皆さんお上手で素晴らしいまとめあげだった。
が、身贔屓ではないが、中でもやはり東北大会常連の強豪、寒吹さんが頭一つ抜きんでていたと思う。

寒吹さんの自由曲は私の大好きなショスタコ交5‐4だ。耳をダンボのようにして聴いた。
各団体とも、一人一人の技量が一定のレベルに達しておれば、やはりオケ曲でも何でもダイナミクスが効いていると音楽が光り輝く。

大会規定により、3団体すべてが県大会に進めるそうだが、順位はどうだったのだろう。




会場に入る時、出る時、いまだに挨拶すべき、あるいはお声を掛けて下さる先生方や演奏者、知人がたくさんいた。
これも間違いなくコンクールならではの楽しみである。

行ってよかった。






  1. 2015/07/20(月) 09:03:07|
  2. 吹奏楽・音楽
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臨時休業のおしらせ

梅雨の最中ですが、夏本番になってきましたね。
熱中症などに注意され、楽しい連休をお過ごし下さい。

さて、明日20日(月:海の日)は臨時休業させて頂きます。
どうぞよろしくお願い致します。




  1. 2015/07/19(日) 08:24:08|
  2. 店からのおしらせ
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役場回り②

丸っきり日記ブログになるが・・・

今日は二日目。やはり丸一日。まずは月山を超えて庄内へ。

①鶴岡市  目指す役場は旧櫛引(くしびき)町山添(やまぞえ)にあった。
②三川(みかわ)町
③酒田市
④遊佐(ゆざ)町  遊佐の中心部に行ったのは初めてだ。

このあと昼食。きのうに続いてラーメン。親子そろって好きである。

⑤庄内町 これで庄内地方制覇。目指す役場は旧立川(たちかわ)町狩川(かりかわ)にあった。
       すかさず楯山(城址)を見学。
⑥戸沢村 ここから最上地方に入る。
⑦大蔵村
⑧鮭川村
⑨真室川町
⑩金山(かねやま)町
⑪新庄市 ここで時間切れ。帰途に就く。

少しずつ高速道路が伸び、寒河江⇔新庄は近くなった。
渋滞でもなければ一時間あればまず足りる。

今日はきのうを上回り、ちょうど300km走った。
逆にきのうほど疲れなかったのは、きのうは軽自動車だったのに対し、
今日は小型車だったからか。

エアコンをたっぷり使った燃費は、
きのうのダイハツミラは18.5km/ℓ、今日のスズキスイフトは19.9km/ℓ。

8年経った愛車ミラの燃費は、もはや新しい軽たちにはとても敵わなくなってきた。
だがまだまだ乗るつもり。

おととし買ったスイフトは免税はおろか減税も受けられないエコカー非認定車だが、
それにしてはいつも満足のいく燃費だ。

さてお役所は、というか世は明日から三連休。
役場巡りのつづきは連休明けだ。そしてその火曜が与えられた最後の一日だ。

二日間で21の自治体を回ったが、まだ14(かな?)残っている。
残り一日では多分回りきれないだろう。
そしてその回り切れない自治体はわが寒河江市とその周りになりそうだ。






  1. 2015/07/18(土) 00:31:23|
  2. 店主の日記
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役場回り

社命により昨夜出張帰省した次女と共に、今日丸一日かけて

①小国(おぐに)町役場(遠かった!)を皮切りに
②飯豊(いいで)町役場
③白鷹(しらたか)町役場
④長井市役所
⑤川西(かわにし)町役場
⑥米沢市役所
⑦高畠(たかはた)町役場
⑧南陽(なんよう)市役所
⑨上山(かみのやま)市役所
⑩山形市役所

を回った。昼食は川西町小松で。

そのそばに東北最大級と言われる前方後方墳「天神森」があった。
以前から来たくていたので雨の中もちろん見学。

この辺で前方後方墳は珍しく、以前山形市菅沢で見学したのは円墳だった。
関西でも前方後円墳しか見たことがない。興奮した。
小松城址も見学したかったのだが、遊びに来ているのではないので我慢。

帰りがてら山辺(やまのべ)町役場にも行ったが残念ながら滑り込みアウト。
また今度だ。

走行距離260数キロ。
私も疲れたが、次女はもっと疲れたろう。

しかし置賜(おきたまorおいたま:県南)地方は完全に踏破した。






  1. 2015/07/16(木) 21:49:16|
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再会(新潟行き)後編

Tは運転席にいたが、Sは車から降りて私を待っていてくれた。
後ろ姿だったが、その立ち姿は遠くからでも即彼とわかった。

正直言って、四月末の電話で「Tを覚えてる?」と言われた時、
どうしてもTを思い出せなかった。

在学中、Sとは100回も遊んだのに対し、Tとは「また友達」ということで
数回くらいしか会わなかったのが原因と思う。

しかし、車に乗り込み「いらっしゃい!」というTの顔を見た時は、
私もTも「あー!思い出した!久しぶり!」だった。

5時半にはSやTの馴染らしい、個人経営の居酒屋で飲み始めた。
そして多分9時頃にはそこから近いやはり行きつけらしいスナックへ。

他に客がいなかったこともあり、カラオケもバンバンやった。
しまいには静岡の共通の友人にも電話を掛けたりした。

存分に久闊を叙し、再会を約して11頃解散。
5時間半にわたって飲み続けたことになる。
蛇足ながら、新潟市に泊まったのはこれが初めてだ。



何をここに書けばいいのだろう。
二人の個人情報を書いてもしょうがないし、私の心情を書いても、
お読み下さる方々にとっては何ら興味が湧かないだろう。

では・・・んー・・・そうねー・・・

我々3人は卒業後の34年間、互いにほとんど会えなかったが、
泣き、笑い、それぞれの人生を生きてきた。皆さんと全く同じである。

しかし、生きておればこのようにまた会うこともできる。
この度の新潟行きを一言で言えば「嬉しかった」それだけだ。




阿呆のような結びになってしまったが、旧友たちとの再会の話はこれでぷっつり終えることにする。
お粗末御免。
この夜の5時間半のことは一人で噛みしめるのがベストだろう。

翌日曜の朝は6時前に目覚めた。
ホテルの料金に含まれる朝食は摂らずに7時には出発。

前日は暑い時刻に走ったが、帰りは涼しく快適に走り、3時間10分で家に着いてしまった。
往復328km。この程度の距離ならCBは楽勝で無給油で走る。
燃費は20.5km/ℓ だった。




  1. 2015/07/14(火) 20:55:51|
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再会(新潟行き)前篇

四月末に、大学時代の友人Sから突然の電話があった。

「久しぶり。ところで、昔よく一緒に飲んだ新潟のTって同窓生を覚えてる?」
「実は7月に新潟に行ってTとゴルフをすることになったんだ。」
「うんと近くはないだろうけど、佐藤も来ないか。」

「行く行く!」

彼は名古屋出身名古屋在住で、卒業以来誰でも知っている大企業に勤めている。

確か昭和60年頃、彼の名古屋での結婚披露宴によばれ、平成元年に彼は私のそれにも来てくれ、
多分平成一桁の後半あたり、私の従弟の名古屋での結婚式の時、その夜に会って飲んだのが最後と思う。
だから概ね20年ぶりの再会となる。

その電話からふた月半経ったきのう、その日がきた。
天気がいいので交通手段はバイクにした。

12:40発、16:20着。
寒河江からR287を走り、白鷹町鮎貝から県道に逸れ、飯豊町手ノ子でR113に出る。
新潟県に入り、道の駅関川のちょっと先からR290に入る。
新潟方面に行く時の私の典型的なルートだ。

道中の8割以上を占める、寒河江から新発田まではずっと快適なルートだ。
この辺に住んでいることの幸せを感じる。

新潟駅前までの164kmを、CBは一貫して快適に走ってくれた。
新発田(しばた)市から高規格の7号バイパスに入らないでしまったのでやや時間がかかった。



新潟駅真ん前のホテルにチェックインすると、間もなくSから連絡があり、
急いでシャワーを浴び、一息つく間も無くホテル前で集合となった。

Tがミニヴァンを運転し、二人で迎えに来てくれたのだ。

(つづく)







  1. 2015/07/12(日) 21:43:38|
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國語元年

img452.jpg


↑先日、仙台文学館での「北杜夫特別展」を調べている時に出会った演劇の広告。
以下、紹介文から抜粋。


明治7年、日本中の話し言葉がテンデンバラバラだった頃。
文部省役人の南郷に「全国統一の話し言葉を制定せよ」との命令が下った。

その日から南郷家はお国訛りを巡って大騒ぎ。
なにしろ南郷は長州出身、妻は薩摩生まれ。

三人の女中は江戸山の手、下町べらんめえ、米沢のズーズー弁。
車夫は遠野弁、書生は名古屋弁。

そこへ河内弁の女郎が乗りこみ、更に京ことばの厚かましい公家が居候。
とどめに落ちぶれた会津士族が押し込んできた!

まさに南郷家の言語は日本の縮図。
こうして彼は統一話し言葉制定の前に我が家の大混乱に襲われる。
言語学的悲喜劇の末、南郷が辿り着いた「文明開化語」とは?





これを読んだだけでもわくわくする。
当時のわが国にはまだ「標準語」がなかったわけだ。

即前売券を購入。初訪問となるイズミティも楽しみである。
また、自分が演劇を見に行くのも極めて珍しいこと。



実はこの井上ひさし氏の作、30年ほど前にNHKで数話連続のドラマとして放送され、
全話見たかは忘れたが、衝撃を受け、楽しく見た記憶がある。
主役の南郷はたしか西田敏行氏が演じていたと思うが。

今回は八嶋智人氏が主役のよう。
あとは竹内都子さんくらいしか見た事のある俳優はいないな。

三カ月先。うーむ、楽しみである。





  1. 2015/07/10(金) 16:17:25|
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Lumber jack

我が家の敷地の倍は広いかと思われる、山形市の友人の家で丸一日稼いできた。
この春から協力を依頼されていた、彼の屋敷の庭木の伐採である。

歴史のあるお宅だけに、大木が多い。今日伐採すべきは8本。
その中には本来であればプロに依頼した方がいいような太さ・高さのものもあった。

彼は今日のために2.7mもあろうかという三脚脚立やロープ、0.85tトラックまで用意していた。
ではなぜ私ごときに声が掛かったか。

チェーンソーだ。
電気、エンジン、2台のチェーンソーを持参し、絶大な威力を発揮した。

丸一日かけて、絶望的と思えた太さ高さの難物まで、対象の8本すべてをやっつけ、
市郊外の処分場への運搬まですべて終えた。

汗ダラダラ。喉カラカラ。体フラフラ。
夜は8時前にいったん気絶。9時過ぎに甦ってこれを書いている。




え?薪ストーブ用に切った木をたっぷりもらって来ただろうって?
いやいや、一本ももらってこなかった。

樹木を薪にするには切る、割る、積み上げる、乾かすという膨大な手間と時間がかかる。
加えて寄生する虫も気になる。

燃料には良質の建築廃材、それも新築時の端材が最適である。




ところで最近、自分が何屋なのか判然としなくなってきた。








  1. 2015/07/09(木) 22:20:26|
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お互い様

遠い親戚にあたるご婦人が来店。
ご子息の所属する小年野球チームが全国大会に出場することになったとのこと。

例の保護者会長さん名の書面を携えてのご訪問だ。
めでたい。些少ではあるが喜んで志をお渡しした。

そういえば我が身にも同類の覚えがある。

闇雲にご芳志願いに回った結果、某所でトラブルになり泣いて帰ってきたお母さんもいた。
舞い上がり、身分不相応の寄付をして身上を削ったおやじもいた。
学校も苦情の対応に追われたかもしれない。

昔あった色んな事こと、懐かしい。

間違いないことはめでたいということだ。
自分の子らにも頂いた。ならば人様の子らにもお返しせねば。

来た人が縁者であろうがなかろうが、世の中は持ちつ持たれつである。
お互い様だ。この世はそうやって巡り巡っていると思う。

ただただおめでとう! 子供たち。
親のなんだかんだは子らには全く関係が無い。
大舞台で胸のすくまで大暴れしてきて欲しい。






  1. 2015/07/07(火) 21:11:19|
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臨時休業のおしらせ

あさって6日(月)、出張のため休ませて頂きます。
ご不便をお掛けし申し訳ございませんが、どうぞよろしくお願い申し上げます。






  1. 2015/07/04(土) 20:55:44|
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さくらんぼ手伝い終了

おととい(1日)の朝もぎをもって今季の手伝い終了。解雇。
友人の広大な畑に実った無数の赤い実は見事に収穫され、出荷された。

5月下旬、2度にわたる「ハウスにビニール掛け」から手伝いは始まり、
6月2日から7月1日までは一日も休まず早朝もぎ方手伝い。
毎日曜はそれに加えて9時から再出勤し、正午までもいだ。

シーズン初期の日曜には更にそれに加え、
午後からも「地面に反射シート貼り」の手伝いをした日もあったな。

合計百数十時間。全て本業従事とは重ならない時間だが・・・
しかし本業にこれが加わったわけだから、くたびれないと言えば嘘になる。

普段は反物や印伝くらいを持ってお客様と商談し、お茶を飲んで談笑する日々である。
体にずっしりと疲労が溜まっているのが実感できる。

単純作業の無責任使用人でさえこの疲労だ。
畑の主である友人や奥様は、人一倍体を動かした他に全方向に神経を向けなければならない。
作物にばかりでなく、大勢の使用人一人一人にも気を遣う。

「主なんだから当たり前」と言えばそれまでだが、
ご夫婦のシーズン終了の安堵と、使用人に数倍する疲労はいかばかりか。

大量の焼肉でも喰いながら、大量の生ビールでも飲みながら慰労したい。
家業とは言え、本当にご苦労様である。
手伝い十三年目の今年も大変お世話になり、心から御礼申し上げる。






追記

手伝い終了から二晩寝たわけだが、毎朝4時前後にパッチリと無駄にお目々が覚めてしまい、
なかなか再び寝付くことはできない。

ひと月で習慣になってしまったようだ。
妻が起きるのは遙か後だし、早く元に戻りたいものだ。





  1. 2015/07/03(金) 06:30:24|
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デフォルト

予想通りギリシャの債務不履行が日本時間の今朝、確定した。
債権者はIMF(国際通貨基金)。

世界の株式市場や債券市場はしばらく前からこれを睨んでいる。

失礼ながらギリシャの為政代表者はあまり真面目な人物ではないのではないか。
最有力の支援先、EUの「より一層の緊縮を」の提案に対し、
国民投票というウルトラCは、「責任のすり替え」と言われてもしょうがないのでは?

古今東西、貸した金を返さない、しかも返そうとする誠実な姿勢を見せない相手に
誰が再び金を貸そうとするか。

公務員が労働人口の2割を占める(最大時)とか、
日本に住んでいると昨今のギリシャの経済政策・社会政策は奇異に映る。
オリンポスの神々は泣いていないか。


更に、今月二十日には自国債の償還期限を迎える。
どうなるのか。

わが日本には生活保護という社会システムがあるが、
国際的にはそんな親切なものはない。

あるのは「人道支援」だけだ。
為政者が真面目に現実に向き合い、国民が相応の痛みを分かち合う他ないのではないか。

人生、誰もが寝て暮らせるほど楽なものではない。
逃げれば逃げるほど「ツケ」は多く回ってくるばかりと思うが。







  1. 2015/07/01(水) 21:07:15|
  2. 投資・経済
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新幹線焼身自殺

巻き添えで善良な婦人が一人亡くなり、数十人が治療必要となり、
一千人の乗客を恐怖に陥れ、
経済大国日本の大動脈東海道新幹線を3時間半にわたって止め・・・

甚大な損害を多くの人々と国家に与え、
年金に不満を持つとかいう71歳のじいさんは見苦しく本懐を遂げた。

なぜ一人で静かに逝かなかったのか。
ひどい話である。






  1. 2015/07/01(水) 20:42:06|
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佐藤達也 四代目店主

Author:佐藤達也 四代目店主
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