呉服・和装・印伝 山森呉服店掲示板

お陰様で創業106周年。店主のエッセイもたまに。

高野山②(金剛峰寺・三昧院)

見どころ一杯の壇上伽藍を後にし、次は金剛峰寺(こんごうぶじ)に向かった。
広い高野山だが、移動の基本は徒歩だ。まだまだ先は長い。

CIMG0080 - コピー

金剛峰寺正門。32年前の夏、入らないでしまった所だ。
今回はちゃんと拝観料を支払って本堂にも入る。

CIMG0083 - コピー

CIMG0086 - コピー

とにかく美しい。精神がピリッと張り詰める美しさだ。

CIMG0092 - コピー

2千人分のご飯が炊ける竈とか。今は使われていない。
ここには豊臣秀頼が秀吉から死を賜って自刃したという部屋もあった。
南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏。

ここでは茶菓まで馳走になった。お金を払って入堂するとしないとでは体験が全く別物になるのだ。

拝観を終わり、三番目の目的地「奥の院」に向かって歩き出すと、世界遺産の寺院の看板を見つけてしまった。
寄らざるを得ない。三昧(さんまい)院である。多宝塔の御開帳というタイミングが我々の背中を押した。

CIMG0094 - コピー

CIMG0095 - コピー

塔内には実に柔和なお顔をした仏様が五体おわしました。撮影禁止。

CIMG0096 - コピー

CIMG0099 - コピー

ここは壇上伽藍や金剛峰寺と異なって拝観客は少なく、静かに時間が流れていた。






  1. 2015/10/31(土) 21:29:00|
  2. 店主の日記
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

高野山①(壇上伽藍)

先週の社員旅行の主たる目的地は和歌山県高野山。
第一日目はひたすら800km超の移動あるのみだった。(期せずして明日香村に立ち寄れるおまけがあったが)

第二日目朝、高野山の手前30数キロの奈良県五條にとった宿から出発。
R371に劣らない酷道R370とR480を延々登って一時間ほどで高野山着。

勝手に、広い高野山の三大観光スポットを①壇上伽藍、②金剛峰寺、③奥の院と決めつけ、
壇上伽藍道路向かいのたった一台分空いていた無料駐車場に車を滑り込ませる。ラッキー。

ということで壇上伽藍から9時ちょうど参拝・見学スタート。

CIMG0057 - コピー

CIMG0058 - コピー

CIMG0059 - コピー CIMG0060 - コピー

CIMG0061 - コピー

金堂。80年ぶりのご本尊御開帳。このためにここに来る決心をしたようなものだ。

2015102921501482c - コピー

こうしてご本尊とつながっている紐を握る。

CIMG0064 - コピー

このお堂の

20151029215017a31 - コピー

何本か出ているこの棒を幾人かで回せればいいのだとか。

CIMG0068 - コピー CIMG0069 - コピー

唐土で修業中の空海が日本に向けて投げた三鈷(さんこ:密教の道具)が海を渡ってこの松に引っかかったとか。
この松には珍しい三つ葉があり、拾えればラッキーなのだとか。妻はバンバン三つ松葉を拾っていた。
本当に珍しいのか?

CIMG0076 - コピー

根本大塔。中には空海が衆生に仏法がわかりやすいようにと考えた3D曼荼羅の世界が広がっていた。
中は撮影禁止である。ご興味のある方はお調べ下さい。それはそれは、圧倒される世界が広がっていた。

ちなみに、お笑いコンビのスリムクラブさんがここを取材しているテレビ番組に私がもしも写っていたら、
他人の空似ではありません。私です。

2015102921582521c - コピー

CIMG0078 - コピー

この壇上伽藍だけでなく、高野山全体に美しい紅葉が広がり始めていた。





  1. 2015/10/29(木) 22:06:20|
  2. 店主の日記
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

稲荷森古墳

に行ってきた。
南陽市赤湯だから、高速を使わずとも一時間で行けた。

CIMG0166.jpg

このわが県唯一の、それも大きな前方後円墳を訪れるのはこの齢になって初めて。
嫌いでない割には怠慢というか不勉強というか・・・

前方後円墳は八日前にも間近に見た。明日香村の天武・持統陵だ。
が、地元でこんなにきれいな、整備されたものが存在していたとは驚きである。

この7月、次女の仕事の運転手をした時にやはり初めて立ち寄った、川西町小松の「天神森古墳」は「前方後墳」だった。
また、10年も前に訪れた山形市菅沢の丘の古墳は「円墳」だった。

やはり古墳は個人的には「前方後円墳」が最も古墳らしいと感じてしまう。
小学校の社会の教科書に、仁徳天皇陵の俯瞰写真などが載っていた影響か。

しかし昭和55年に国指定史跡になったこの古墳、見事にきれいな陵だ。

CIMG0171.jpg

全長96メートル、後円部直径62メートル、同高さ9.6メートル。
4世紀に造られたと推定される県内最大、東北6位、日本海側北限の前方後円墳。
土豪の王(首長)の墓ということだ。

それにしても発見が昭和9年とは不思議な気もする。
また、まだ発掘調査が為されていないのか、内部はよくわかっていないとのこと。
しかし先日訪れた石舞台古墳のような「石室」は無く、木の棺がそのまま埋められたらしい。

CIMG0182.jpg

↑ 後円部頂上からの前方部

CIMG0183.jpg

↑ 後円部頂上の広場   目前に赤湯小学校が見える。


山形菅沢の円墳は小さく、川西小松の前方後方墳は木々に覆われ低く・・・
稲荷森ほどはっきりきれいな地元古墳は無いのではないか。
ただただぶったまげた。関西に行かずともこんなににすごいものが見られるのだ。

朝廷に恭順済みだったと思われるわが郷土の土豪は、平城京造営のずっと前の朝廷に憧れを抱いていたのかな。
岩手の蝦夷(えみし)、阿弖流為(アテルイ)の乱は、この墳が造られてから3百数十年も後のことである。





  1. 2015/10/26(月) 20:53:42|
  2. 温故知新
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

公民館文化祭出演2015

日頃練習場にお借りしている山形市篭田西部公民館の文化祭。
わが団恒例の出演である。相変わらず大勢のお客さんだ。

自身9回目、団としては10回目の出演か。全9曲を披露。
何せ一般団体。練習不足は否めない。厳しい所もあったがなんとか無事に終了。

私はと言えば一曲当たり二三箇所ずつもやっちまったろうか。

だがドンマイ。アマチュアなのだ。
その中で秋田県出身のお嬢さん二人(Tp1stとドラムス)の助っ人が実によくやってくれた。
文字通り助かった。

多分わが団初のパートカット部もあった。聴いて下さる方々のことを考えればやむを得ないか。
二カ月ぶりの出演、楽しかった。







  1. 2015/10/25(日) 17:24:24|
  2. 吹奏楽・音楽
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

昭和58年7月15日(後編)

(日記つづき)

◎本日の走行距離
  177.3km (少ね~!)

◎本日の支出
  缶コーヒー 100円 
  ガソリン16ℓ 2,720円 (@170円 高っ!)
  高野竜神スカイライン通行料  1,000円
  カツ丼  650円 (今とそんなに変わらんね)
  高野山ガイド  250円 (どんなだったんだろう?記憶が無い)
  たばこ  200円  (マイルドセブンライトかな?今の半額以下)
  つまみ  500円
  電話  350円  (テレフォンカードも無かった時代)

  合計  5,790円 (前泊のYHは前払、この日の旅館は後払。宿泊費の無い日だった。)



(完:次の記事から今回の社員旅行に戻ります) 






  1. 2015/10/25(日) 08:15:45|
  2. バイク
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

昭和58年7月15日(中篇)

(日記つづき)

高野竜神スカイラインも道路は良いが、雨と霧のため視界が悪く面白く無し。
護摩壇山パーキングでもずぶ濡れ姿を迷惑がられるのが嫌で、売店には入らず公衆便所の中で一服。

高野山に着き、まずは奥の院の墓地を歩いた。なんでこんなに有名人の墓が多いのだろう。
「シロアリ安らかに眠れ シロアリ対策協会」なんてのもあった。

ずぶ濡れのため、ややみじめな気持でカツ丼の昼飯。
(この辺は)うどん・そば類はえらく薄味の癖にカツ丼はずいぶん濃かった。

他の寺院群はいちいち見ていられないので走りながら覗き込むだけ。
予備知識が無いとこうなる。何しろ金剛峰寺(こんごうぶじ)を見なかったのだから。

また悪路R371で橋本市に出る。
R371は橋本までは一部峡谷沿いになっており、天気が良ければなかなか良さそうな所だった。

YH(ユース・ホステル)のある吉野山はちょっと遠いし、
疲れ気味なので夕べから旅館に泊まることを考えていたが、時間も早いので五條市まで走る。
(橋本は和歌山県、五條は奈良県だが数キロしか離れていない。双方共県境の町である)

五條駅前にビジネスホテルはないかと通行人に聞いたが旅館しかないという。
そこで駅近くのK旅館(今回の五條訪問では既に無くなっていた。残念)という所にお世話になる事にした。

さすがに疲れている時は、ユースより格段に良い。煩わしくなくて気が休まる。
素泊り3千円と安い。そこで夕食とビールを付けてもらうことにする。風呂もいい。
もう少し年とったらYHには泊まれなくなるだろうなあ。

家に電話し、(携帯など無い時代)
「18日のI社(東京日本橋の仕入先)の宝石鑑別講習会に出席するからスーツその他を叔母の家(神奈川県)に送っといてくれ」と頼む。
夕飯はまあまあ。存分にテレビを見て寝る。旅館には17時着だった。

(つづく)




  1. 2015/10/24(土) 20:09:57|
  2. バイク
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

昭和58年7月15日(前篇)

24歳の夏、当時最新鋭の2ストスポーツ、ヤマハRZ350R で紀伊半島一周の一人旅をした。
その六日目の日記を記す。(赤字は今回追記)


CIMG0164.jpg


第6日目  7月15日(金)  ずーっと雨

7:40起床。朝食を頼んだのはおれだけ。(紀伊半島西岸湯浅町の有田ユースホステルに泊まったようだ)
だいぶ疲れている。
8:50、ペアレント(ユースの支配人)さんとその娘さん、ヘルパーさん(ユースの従業員さん)に見送られて雨の中を出発。

梅雨の中、何とか天気がもっていたのだが、とうとう降られてしまった。全身びしょびしょ。
ツーリングバッグの中まで濡れてしまった。

すごい悪路のR424とR371を走る。殊にR424の宇井から10キロくらいは特筆もの。
健気にも粗末な舗装がしてあるが、その急勾配と狭さには思わず怖気づいたほどだ。

これはもう完全にトレール(オフロード)バイクの世界である。
また、破損個所や工事中の所も多く、本当に紀州の国道はひどいものだ。

人家も少なく、ハイオクの軒下で一服したりして、みじめなものだった。
一般に三重、奈良、和歌山の山間部の国道は悪路が多いため、新たに付け替え工事中の所が多い。
この辺は、家族で気軽にドライブなんて言うのは5、6年先になるのではないか。

龍神村に出て、やっとまともな道路になった。
しかしいくら工事を進めても、この半島のほとんどが峻険な山間部であるから、改良にも限度があろう。
これだけ平地の少ない地方は珍しいのではないか。

(つづく)



追記
ほとんど今の自分の文体になっているような。
30年以上たっても進歩が無かったか。





  1. 2015/10/23(金) 22:50:33|
  2. バイク
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

酒船石(さかふねいし)

18日夕刻、石舞台に続き酒船石も訪れた。
石舞台からわずか1.6キロ。暗くなってきたので急ぐ。

とても広々とし、駐車場や様々な施設が整備され、観光客も数多かった石舞台と比べ、
ここは全く人気のない丘の竹林の中にあった。


CIMG0005 - コピー


石舞台と並んで長年想像し憧れてきた、この謎の石造物と夕暮れの中対面した。


CIMG0007 - コピー


CIMG0014 - コピー  CIMG0011 - コピー


何のために、誰が作ったのか。馬子か。またどのように使われたのか。
本当に酒を造るのに使ったのか。それとも馬子の庭園設備の一つだったのか。


CIMG0012 - コピーCIMG0013 - コピー


明日香の日は暮れた。
すぐ近くの、実にきれいな前方後円の天武・持統合葬陵を横目で見ながら宿へ急ぐ。

予定外の二大寄り道。思いがけない僥倖。とても嬉しかった。




  1. 2015/10/22(木) 21:08:48|
  2. 温故知新
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

石舞台古墳

18日夕刻、奈良県明日香村にある石舞台古墳を初めて見てきた。



CIMG9972 - コピー



CIMG9985 - コピー



CIMG9979 - コピー


ポール・マッカートニーやKISSの時と共通する、
「生きている内にこの目で実物を見ることができるとは」という、強い感動を覚えた。

諸説ある中、当時のこの辺の大豪族蘇我馬子の墳墓というのが最も有力とか。
古墳時代の土木・建築技術と権力者の力、想像を絶するものがある。





  1. 2015/10/21(水) 22:42:15|
  2. 温故知新
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4

臨時休業のおしらせ

あさって19日(月)と、しあさって20日(火)の二日間、
社員旅行のため休ませて頂きます。

ご不便をお掛けしますが、どうぞよろしくお願い致します。


ろご




  1. 2015/10/17(土) 17:59:25|
  2. 店からのおしらせ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

評価

おお!このカテも久しぶりだなー!
ではまいります。気になる言葉の使い方、ほんの一例。

「TPP大筋合意」についての世論調査。
「あなたはこれを《評価》するか?」

①「大いに評価する ○%」
②「ある程度評価する ○%」
③「あまり評価しない ○%」
④「全く評価しない ○%」


なんていうのがよくあるでしょ。
私は昔からこの使い方が不思議でしょうがない。

「評価」という熟語そのものが「良いと考えている」という意味になってしまっており、
「どう評価するのか」が暗黙の了解であろう、完全に脱落している。
大放送局も大新聞も、何の躊躇いも改めも無く「評価」を昔から上記例のように使い続けている。

青字部分を正しい使い方に直せば

「あなたはこのことを《どう》評価しますか?」

「大変よいと思う」
「まあまあ良いと思う」
「あまり良いとは思えない」
「全然良くないと思う」


聞く方答える方共にこうなる、と家庭や小学校で習ったんだがなー。

だから私は①であれば
「おれはこの件について、ある評価をしたくてうずうずしていたんだ。これからその評価内容を話すから聞いてくれ」
ととるし、
④なら「ふん、良いとも悪いとも、評価することを差し控えます」 と聞こえてしまう。

上記の使い方、長年不思議に思っていらっしゃる方が多いのではないか。
テレビニュースなどでこの表現が聞こえてくる度、「うーむ」と唸ってご飯の箸もしばし止まってしまう。
この件、皆さんはどう「評価」します?






  1. 2015/10/16(金) 17:27:15|
  2. 気になる日本語
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

RS燃費記録更新

CIMG9966.jpg

早いもので、新車購入から2年近く経ったスズキスイフトRS・FF・5MT。
この度燃費記録を更新した。

CIMG9968.jpg

↑ 写真の桁は一つ違うが、22.0km/l
これまでは21.6Km/l が最高だった。

条件も良かった。
①エアコンを使わない季節。
②夏タイヤ。
③乗員二人と手荷物程度。
④走行内容は寒河江⇔仙台、寒河江⇔米沢、寒河江⇔西川町のみ。内、高速道は20kmのみ。

繰言になるが、エコカー減税非対象のこの車。常にも19km/l は走っている。
なにせ、カタログ燃費が19,4km/l の車なのだ。





  1. 2015/10/14(水) 18:09:33|
  2. 燃費オタク
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

26回目の

きのうは結婚記念日。

CIMG9955.jpg


たまたま人様から頂戴していた米沢牛があったので、すき焼きで「26回目記念反省会」。
先週、奥州市まで行って買ってきた南部鉄鍋がさっそく役に立つ。

CIMG9959.jpg


26年前の10月10日、式場からもらってきた(買った?)キャンドルに記念日恒例の点火。
なぜか「25」までしかプリントされていないので、昨年手作りして貼った「26以降」に突入。



26年。色々あったなー。
辛いこと。嬉しいこと。悲しいこと。悔しいこと。まずいこと。楽しいこと。恥かしいこと。

自分たちも頑張って生きてきた自負はあるが、やはり
プライベートでは家族、親戚、知人、友人たち、仕事ではお客様と取引先、
多くの方々の物心両面の支えがあったからこそ頑張ることができたのは間違いない。

夫婦二人だけではどうにもならなかったであろう幾多の難局を乗り越えることができたのは、
まさに周囲の方々の、数え切れない「お陰様」である。

二人組での修行はまだまだ続く。

皆様もどうぞお幸せに。





  1. 2015/10/11(日) 07:58:47|
  2. 店主の日記
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:1

演劇「國語元年」

kokugo.jpg


観てきた。
1500人弱入るイズミティ21大ホールの8~9割方は埋まっていたと思う。
観客年代のボリュームゾーンはTOKYOドームのポール・マッカートニーよりはっきり上だ。

18時半に開演し、アナウンスの予告通り、途中15分の休憩を入れて3時間、21時半に終わった。
だから帰宅したのは23時過ぎとなった。

いつもならとうにおねんねしているこんな時間にこれを書いているわけだ。
それにしても自分が演劇を観るとはなんて珍しい。

面白かった。
三時間が全く長く感じなかったこと、カーテンコールが何度もあったことがその証明だ。

わが県ゆかりの井上先生の天才も再認識できたし、演劇そのものにも圧倒された。
プロとはすごいものだ。

明治新政府から「全国共通話し言葉」の策定を命じられた主人公は、
その作業のあまりの困難さの結果、不遇な生涯の終わり方をしたんだ。

本作は井上氏のフィクションだが、それにしても今から130数年前、中央でも各地の方言が乱れ飛んでいたわが国。
誰が、どうやって、どれくらいかかって、今我々が使っている統一話し言葉が成立させたのだろう。
興味は尽きない。

また、私の年代くらいまでなら羽州村山弁を少し理解し使えるが、我々の下の代からはほぼ消滅すると思う。

だって、例えばあなたのご子息ご息女は、村山弁基本中の基本「んだ」「んね」さえ使わないでしょ。
わずか一代でのこの隔たりは、かつて先祖たちが経験したことの無い激変と思う。




初めてのイズミティ、R48+仙台宮城⇔泉PAスマートは東北道(10km)。片道74km、一時間半。
交通は大変だったが行って良かった。







  1. 2015/10/09(金) 00:07:21|
  2. 店主の日記
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

真田への旅 真田町

只今思案中
  1. 2015/10/07(水) 22:24:34|
  2. バイク
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

明日の営業時間

いつもご愛顧を賜り、誠にありがとうございます。

さて明日7日(水)の営業時間ですが、仕入出張のため午後1時で終了させて頂きます。

ご不便をお掛けし大変申し訳ございませんが、
お客様にお喜び頂ける良い品、面白い品を一生懸命さがしてまいります。

どうぞよろしくお願い致します。


店ロゴ(小)




  1. 2015/10/06(火) 15:08:42|
  2. 店からのおしらせ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

焚き初め

10月に入り、当地は朝晩冷え込むようになった。
夜、室内は21℃台あったのだが、娘が「寒い」というのを口実に練習。

CIMG9950.jpg

室温はあっという間に25℃台。半年ぶりの薪ストーブ、うまく燃えた。
手間はかかるが、楽しくもある冬がまたやってくる。





  1. 2015/10/05(月) 21:42:31|
  2. エコロジー
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

南部鉄器

伝統工芸と言えば大抵好き。
休日を利用し、妻を伴って南部鉄器のすき焼き鍋を買いに岩手県奥州市水沢区(旧水沢市)まで行ってきた。
延々、往復340余kmである。

物心ついた頃から我が家で使っていた唯一のすき焼き鍋は、なぜか一人~二人用のような小ささだった。
しばらく前からそれは無くなり、以後、すき焼きはステンレス片手鍋で作っていた。(私は食う役のみだが)

なぜなくなったのか。
小さすぎるから、あるいは3年前に家が新しくなり、IHでは使えなくなったから捨てたのか。
理由はわからないが、「新たに買わなければならない」とずっと考えていた。

CIMG9944.jpg

CIMG9945.jpg


色々ある中で蓋付きのものが気に入った。IHもOK 。
この大きさなら3~4人はOKだろう。これで長年の懸案落着。

水沢の、いわば「鋳物町」にある「奥州市鋳物技術センター」なるところで「鋳物まつり」をやっていたのだ。
まつりはすごい人出、黒山の人だかりだった。
だが、百数十キロ彼方から来たのは我々だけではなかったか?






往きはR48(関山ルート)⇒仙台宮城ICから東北道⇒平泉前沢ICで降り、20kmほど一般道を走って現地へ。
スイフトで行ったのだが、高速料金は休日割引でも1,960円。痛い。

還りも平泉前沢から高速に入ったが、料金に懲りて古川で降りたところ1,120円。これくらいなら。
R347で帰ってきた。古川⇒鍋越峠⇒尾花沢⇒寒河江 である。

往きルートより10km以上近い他、所要時間も10数分しか違わない。
マイナールートゆえ渋滞も皆無。景色もよく、往きもこっちにすればよかった。

R347鍋越越え。昔は危険な「酷道」だったが、今は劇的に改良が進み、更に改良中で、今後益々期待できるルートだ。
宮城県北、岩手県南を目指す時、もっと積極的に使おう。

で、今回の燃費はというと20.0km/l を少し越し、ガソリン代は2千円ほど。
しかし、先日の「バイク弁当」ではないが、「鍋一つ買いにいくら時間と金かけて行くんじゃい」ってえ話ではある。






 
  1. 2015/10/04(日) 20:20:06|
  2. 店主の日記
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

真田への旅 小諸城址

この記事のカテは「バイク」にしたらいいのか「歴史」にしたらいいのか。
さて9月19日のつづき。

20数年ぶりの長野県。軽井沢を後にし、渋滞に悩みながら上田を目指し、途中の小諸(こもろ)城址に立ち寄る。
全くの予定外行動だが、早朝に出発し、まあまあ順調に進んだからこそ出来たことだ。
予定外と言えば横川宿散策もその通りだったが。

CIMG9988 - コピー

立派な石垣が残っている。

CIMG9996 - コピー

何より、巧みに天然の地形を利用した築城に驚く。
こんなに深い谷が空堀として利用されている。

まあ、どこの城(殊に戦闘を前提としたもの)も地形を利用しなければ、築城の費用と労力と時間が大変なことになる。
当たり前と言えば当たり前。

小諸城址


こういう城と比べ、例えば身近な寒河江城や山形城、先日訪れた長瀞城などの平城(ひらじろ)にはまた別の感慨が湧く。

この城も城主の変遷が目まぐるしく、ここでの記述は割愛します。
ご興味をお持ちの方はどうぞお調べ下さい。

そもそも立派な城だったこと、今も立派に整備され、古(いにしえ)を想うことができる城であることを記して小諸城については終わり。





  1. 2015/10/03(土) 16:22:36|
  2. バイク
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

投げ売り!正絹帯揚げ(完売)

完売御礼



着付に欠かせない帯揚げ。
この5本を、10月7日(水)までに限り単価税込800円((((;゚Д゚)))))))で販売します。

● 詳 細 ●
絹100%  中国製  ちりめん無地  (汚れ・色ヤケなどの難は一切ありません)

更に、二本以上お買上げの場合、二本目以降の単価を税込700円とさせて頂きます。
(例:3本お買上げの場合⇒800円+700円+700円=2,200円)

※期日前でも万一売切れの際は悪しからずご容赦下さいますよう。






10月5日、完売しました。お買上げ頂き、誠にありがとうございました。
またよい品を紹介させて頂きます。
今後ともよろしくお願い申し下げます。





  1. 2015/10/02(金) 16:55:16|
  2. 超お買得・おすすめ品
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4

腰その後

9月21日に薪割りを頑張り過ぎ、腰をやっちまってから今日で11日目。
はじめの数日は寝返りも車の乗り降りも辛く、日に20回は「うっ!」、「うーっ!」などと呻きながら苦痛と戦っていたが、時間が経てば少しずつ治ってくる。

ここ数日はほとんど鋭い痛みは無く、だいぶ楽だ。
とはいえまだ鈍痛は無くならない。

人生初の本格的腰痛、本復にはもう少しかかりそう。なかなかの敵だ。
「デブは腰痛にはならない」という勝手な神話はもろくも崩れた。
皆さんもどうぞご用心を。





  1. 2015/10/01(木) 10:08:32|
  2. 店主の日記
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

プロフィール

佐藤達也 四代目店主

Author:佐藤達也 四代目店主
呉服・和装・印伝専門店

カテゴリー

バロメーター

最近の記事

最近のコメント

更新カレンダー

09 | 2015/10 | 11
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

ここの歴史