呉服・和装・印伝 山森呉服店掲示板

お陰様で創業106周年。店主のエッセイもたまに。

手当

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まもなく人生初のメモリアル、10万キロに達しようという唯一の愛車ミラ。
おとといは左ヘッドランプ玉切れ、昨日は寿命によるバッテリー上りとなり、相次いで交換を余儀なくされた。

明日明日4度目の車検が来る。
通常のエンジンオイル交換はまめにやっているが、やはり初体験の10万キロに一度の「何とかオイル」を、
また二度目となる5万キロに一度の「かんとかオイル」を交換しなければならないだろう。

今年は夏タイヤもスタッドレスも更新した。
一台の車を大事に長く乗るのもただではできない。

先日、自主廃業の挨拶に来てくれた社長は、愛車カローラツーリングワゴンを11年で47万キロ乗っていた。
そんな雲の上の存在もいる。





  1. 2016/10/31(月) 15:08:00|
  2. クルマ
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感謝とエール

きのうのこと、三十数年世話になった取引先が円満自主廃業の挨拶に来てくれた。

彼の先代から続いた、公私にわたる一貫して良好な関係。
そして鬼の正確さと丁寧さの天晴な仕事ぶりにより、幾多の仕事を成功させ、お互いに利益を得た。
とても感謝している。

惜しいどころの話ではない。身を切られるようだ。
彼と彼の会社が廃業することは、弊社と私に埋めがたい喪失感を齎す。





といって現実は受け入れて消化しなければビジネスは先に進まない。
残された方は痛みをこらえ、休まず歩みを続けなければならない。

ビジネスパートナーを失うこと、一体これで何件目か。
厳しい時代の中、自分は生き残っていても寂しさは付きまとう。


彼の前途に幸あれ。




  1. 2016/10/27(木) 21:51:42|
  2. きもの・和装
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文化祭出演2016

去る23日(日)、我が団は常練習場としてお世話になっている山形市内の大公民館の文化祭に出演した。
トリということで出番は15時頃だった。約40分間。

正直そのための自分の練習回数は決して多くなかったが、経験曲が少なからず含まれていたこともあり、まあ何とかこなすことができた。

これで同催事への自分の出席は、入団以来一度も休まず10回目くらいになる。
ということは入団してから10年ほど経つことになる。おやおや。



演奏技術・経験、音楽知識、すべて赤ちゃん状態で入団したわけだが、さすがに当時よりは成長したと思っている。
幼稚園年少組くらいにはなれたかな。

理解し送り出してくれた家族、温かく迎えてくれた団、ご指導下さった常任指揮者、いつもアドバイスしてくれた団員の皆さん。(順不同)
これらすべてに恵まれて今がある。感謝を忘れてはならない。

我が団は年に数回、あちこちで演奏機会を頂いている。
それが少しでもsomebodyへの恩返しにつながっていることを願う。

櫻花ロゴ(小)  わが団のロゴマーク


  1. 2016/10/26(水) 08:03:22|
  2. 吹奏楽・音楽
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さよならスイフト③

売却を依頼した長い付き合いのモータースの、メカニックの好青年が私に言った。

「スイフト、あまり乗らないので手離されるとか。そういえば、セカンドバイクももう無いんですよね。
うーん・・・ まさに断捨離ですね」

その通り。
長年楽しく悩み、買換えを繰り返し、遂に定着するものが無かったセカンドバイクは数年前から無い。

車二台分の自宅ガレージは、新車購入から17年経った愛馬CB1300と自転車一台になってしまった。
(ミラや娘の車は外のアルミカーポートが定位置)
すっからかんのがらんどうだ。誰か貸し車庫いりませんか?

断捨離か。そういえばタバコもやめたしな。
かっこよく聞こえるが、別に人間がグレードアップした末の現象でもなかろう。

齢をとったのが大きな原因の一つではないかと思う。
出費など顧みず、狂おしいほどバイクや車を欲したのは、若く、エネルギーが満ち溢れていた証拠だろう。
「まだ手に入れていないものを得たい」という気持ちは今でも十分理解できる。

長い間に何度も滾(たぎ)る思いを遂げた経験(モノの所有)を積み重ね、その結果多くのことに満足してしまったのかもしれない。
で、その満足はすごく深かったり長続きしたこともあったし、「なーんだ、こんなものか」くらいだった時もあった。

だがモノはもういい。
今時の軽自動車はへっちゃらで東京日帰り往復できる。実際何度やったかわからない。
バイクもただ一台の愛馬にさえ年に数回しか跨れない。
もうこれで十分だ。体は一つしかない。





スイフトをモータースにおいてきた数日後、買った時(新車価格)の40%ほどのお金が戻ってきた。
3割は少し嬉しいような、しかし7割は「3年でこんなに目減りするのかい?!」という驚きと悔しさ。

さ、断捨離生活スタートだ。一台減ると洗車や夏冬タイヤ転装、楽だろうなー。

(完)




  1. 2016/10/23(日) 07:05:44|
  2. クルマ
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B.D.氏とノーベル賞

ノーベル賞受賞について、組織から氏への連絡が取れず、
ばかりか彼から何の反応・コメントもないという珍しい事態が続いていることは報道の通り。

生まれた時代のずれもあり、私は彼のことをほとんど知らない。
知っているのは自分よりも上の世代であること、名前、職業、
あとはオールバックで、スタジャンを着、横を向いて座っている写真くらい。
彼の持ち歌さえほとんど知らない。

きっと彼は高邁で深い考えを持ち、オーラまで発している偉人なのだろう。
(今回の対応もそこからきているのだろう)

だからノーベル賞組織は彼の功績を認め、賞を以て褒め称えようとしているのである。
彼に悪意の攻撃をしているのではない。その逆だ。

ならば、もしも賞が要らないのなら、丁寧に謝辞と理由と詫びを述べて辞退を申し出るべきと思う。
無視、無反応は無礼の極致ではないか。下手をすると傲慢ともとられかねない。






  1. 2016/10/22(土) 09:16:11|
  2. 時事
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さよならスイフト②

(つづき)

で、結構長く迷い悩んだ。傍(はた)から私を見れば面白かろう。

なかなか乗る機会の無い車を所有し続け、結構な維持費を費やすのはもったいない。
といって、好きな車(MTとか)をたまに運転するのは心の栄養、頭のグリースアップ、ストレス解消にはなる。

また、もしも夫婦で車一台となれば、年に何度か困ることはないだろうか。
どうしたものか。

しかしそう言えば、平成25年の8カ月間だったか、
就職したばかりの娘に通勤用に一台譲り、我々は夫婦で軽自動車ただ一台で過ごした経験がある。
その状態は初体験だったが、全く困らなかったっけ。

スイフトを売却した結果、万一年に数回でも困ることがあれば、わが町には鉄道、バス、タクシー何でも揃っている。
車一台維持するよりはそれらを利用した方がよほどお金がかからないのは明白だ。
要は、車を維持する・しないの長短を天秤にかけた結果「売却」と相成ったわけだ。




これをお読み下さっている方々は、ぱっと見不思議にお感じになるかもしれない。
「今時、地方で暮らす50代の夫婦が一台ずつ車を持たないなんて。我が家では考えられない」
と。

そんなご感想、よくわかります。殊に共働きのご夫婦には信じ難いことかと。
我が家は現代日本、それも地方では珍しいパターンだろう。

夫婦で家業、それも商店を営んでいるとこういうのが可能となるのだ。
各種営業に夫婦どちらかが車で出かける時は、残った一人は自動的に必ず店番。絶対出かけられない。

家で寛ぐのが好きで、夜も夫婦が各々車で出かける習慣が無い。
週に一日の休日も、まず滅多に夫婦別々に車で出かけることもない。

365日、車は一台あれば大抵済む生活。
つまり、二台目の車は我が家にとっては長年にわたって贅沢品の匂いが漂っていたわけだ。

(もう一回つづく)





  1. 2016/10/21(金) 17:29:03|
  2. クルマ
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さよならスイフト①

このほど、3年近く愛したFF・5MT・1240ccのスズキスイフトを売却した。
久しぶりのマニュアルミッション車、楽しかったなー。
買った時に懐は痛かったが、短い人生、楽しんだことに後悔はない。

軽より狭い後部座席と、使い物にならないほど小さな荷室には往生したが、あとは何も言うことのない車だった。
中でもとにかく燃費がよかった。
この車が「エコカー減税」非対象とは、一体お役所はどうなっているのか。

3年間で数十回給油し、その度に燃費計算をしたが、20km/ℓ 越えは日常茶飯事。
最高記録は一般道長距離の22.7km/ℓ あたりだったのではないか。

街乗りばかりでも18~19km/ℓ 。18を切ることはまずなかった。




だが、そんな愛車にも残念ながらなかなか乗る機会がなかった。
来る日も来る日も我が社唯一の営業車にして夫婦共用のオンボロ軽、ダイハツミラ一台で済む暮らし。

スイフトは日曜日に無理矢理引っ張り出す程度。
MTのため、妻が敬遠して営業に使わなかったのもあまり乗らなかった理由の一つ。

そこへ初車検と任意保険満期が近づいてきた。
双方合わせれば10数万円が入用になる。

(つづく)





  1. 2016/10/21(金) 07:28:00|
  2. クルマ
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申し訳の富士

9月初め、三日間もそばにいながら、曇り加減のために名峰富士をほとんど拝めなかった4人の連れたち。
(その日、別ルートも走った私だけは少し見ることができたし、昔、毎日見ていた一年があった)

ちょっとしょぼいかもしれませんが、その4人とここをご覧の方々に富士の画像を贈ります。


P1010429 - コピー


十日ほど前、国道4号を東京に向かって走っていた時、埼玉県内で撮ったもの。
邪魔ものだらけではありますが、埼玉からも結構大きく見えるんですね。

さすがは日本一の山。






  1. 2016/10/20(木) 08:37:32|
  2. バイク
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親の気持ち 

人は億万人もれなく無一物で生まれ来て、再び無一物で帰っていく。

元居たところへ、財産も、名誉も、家来も、あらゆるコレクションも、バイクも、車も、ラッパも、
愛する妻子も、妾も、やばい日記一冊すら、更には自分の肉体さえ持ってはいけないのだ。

一生かけ、知恵を絞り、汗水たらし、おのれの努力と才覚でこの世で手に入れたもの一切、持ってはいけない。

先日観た蓮如上人も登場する映画でも取り上げられていた。
親子や夫婦の愛情ですら極楽往生の妨げになる「執着」であると。





ところで自分は親(ずっと一人しかいないが)に対し、これまでどう接してきたか。
神道と仏教と、あとは儒教の影響を受けた日本人の一人としては、
「日本風親孝行」をしなければならないと考えるのが普通であろう。

自分はどれほど親孝行をしてきたか、してこなかったか。
ある程度してきた自負もはっきりあるし、といって「十分」に孝行をしたという自信もない。
子供の頃から今日に至るまで、様々な形の親孝行をもっとできる・できた余地はあったと思う。


以下は私のこと。
やはり十分な親孝行はできていない。もっと何かできたはずだしこれからもできるはずだ。

何やら自分一人で成長し生きてきたように錯覚している部分も大いにあるのではないか。
生まれてから相当の齢になるまでずっと、実に多くの場面で親に庇護され、指導され、生かされてきたくせに。

ほんの少しそれらに気付いた頃には親は既に老い、孝行のチャンスは幾許も残されていない。
親の恩にうんとは気付かなかったこれまでは、親が自分にしてくれた「我が子を育てる」という代償を求めない行為を、
誰に言われなくても自分の子に施してきた。

親孝行の実践の多寡はともかく、慈愛をもって我が子を育てるのは誰しも同じと思う。
親からの恩を親へでなく我が子に返す。
古今東西みんな同じなのかな。それとも、みんな私よりも親孝行してるのかな。

我が子への愛情やら心配やらが我が身を苛む時、わが親の私へのそれを思うと愕然としてしまう。







  1. 2016/10/13(木) 22:01:35|
  2. 店主の日記
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点火式二つ

割と温かい10月初めが続いていたが、この数日は朝晩がはっきり冷え込むようになった。
きのうのこと。午前5時半、家族中一番に起床し、一階リビングに降りてみると室温19.8℃。
今季初めて20℃を切っていた。

うんと寒いわけではないが、寒がりの家族がいるのとストーブの試運転を兼ねて今季初点火。

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三期目となる薪ストーブ。
「絶対ポリシー」である無料燃料の調達と管理には一年を通して膨大な手間がかかるが、それでも楽しい方が勝(まさ)ってやめられない。

そしてお次はおととい10月10日のこと。

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27回目の結婚記念日だった。東京から帰り、疲れたがこの点火式だけはこの日にしないわけにはいかない。
27年間、幸い離婚の危機などはなかったが(って自分だけ思ってたりして)、
さすがに27回目、夫婦揃って頭も体もだいぶ草臥れてきた。

そこをなんとか、二人でこのろうそくを燃やし尽くす年齢まで元気でいられれば思い残すことはないんだが。
随分虫のいい話か。






  1. 2016/10/12(水) 07:02:19|
  2. 店主の日記
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一般道の楽しみ 

昨日今日、所用のため一泊二日で東京に行ってきた。
脚は愛車スズキスイフト。この車での最後のドライブになるかもしれない。

この東京往復790Kmはとても楽しかった。
都内とその近くで首都高速を利用した他は、すべて一般道(行程の9割以上)を走ったのだ。

それも福島市までR13、そこからずっとR4という定石ではなく、
県南川西町→喜多方→猪苗代湖西畔→白河でやっとR4へ出たり(往き)、

還りは栃木県矢板からR4を逸れ、塩原温泉を通って会津田島に出、若松→大峠→川西と走った。
会津下郷では名勝「塔のへつり」も観光した。

往きは395Km、還りは390Km。フル高速ルートより10~15Kmほど短かい。
また、高速を走らないものだから今回の燃費は22km/ℓ を超えた。

何度も書いたがこの車は本当に燃費がいい。「ハイブリッドなんて要るのか?」と思えるほどだ。
それはともかく、高速をほとんど使わない東京往復、往きは7時間53分、還りは8時間59分だった。

ちなみに寒河江⇔東京は、高速フル使用5時間半とかそんなところ。
それと較べれば往きは2時間半、山岳道路と観光を入れた還りは3時間半余計にかかった。
でも、時間に余裕のある休日はこういうドライヴどうですか?みなさん。

◎今回の東京往復交通費↓
燃料費約4千円+首都高料金約2千円=6千円。
二人で行ったので一人当たりなら3千円!

山形道・東北道に飽き飽きしてしまった今、じっくり景色を楽しみながら走る初めての一般道。
これは堪えられない。楽しいわ安いわ。あなたもいかがですか?

「お前は今も昔も変人だな。そう言えば高校時代、20Kmの道のりを何度か歩いて通学したもんな。」
古い友人たちは言うだろうか。





  1. 2016/10/10(月) 21:33:36|
  2. 店主の日記
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決算市御礼と臨時休業おしらせ

4日間にわたり催させて頂いたH28本決算市、本日で終了しました。
期間中の賑々しいご来店と、多大なご用命に心から御礼申し上げます。

嬉しく、有り難く、なんと言っていいかわかりません。
お誂え品は、鋭意調製させていただきます。
誠にありがとうございました。


さて、あさって10日(月:体育の日)は臨時休業させて頂きます。
よろしくお願い申し上げます。


店ロゴ(小)


  1. 2016/10/08(土) 22:11:05|
  2. 店からのおしらせ
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下小松古墳群(後篇)

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↑右の道路が国道287(小松バイパス?)。アクセスいいでしょ。
しかしこの立派な駐車場に停めると、古墳群入り口まで3分ほど歩かなければならない。
砂利敷きではあるが、入り口にも結構な駐車場があった。次回はそこまで車で行こう。

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↑我らは今回は図左端の「小森山支群」のみ見学。
それでも30基ほどありそうだ。驚くべき古墳群である。
時間のある時に中央の二つの支群もじっくり探索したい。

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↑ということは、大化の改新の100~300年前か。まさに「古墳時代」だ。

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↑エリア中央に一本だけ、しかも途中までではあるが、
排水路まで付いた、立派なアスファルト舗装の探索用歩道が整備されている。

で、この道の左右に、山の起伏も利用して作られた夥しい数の古墳たちが存在していた。
円墳、方墳、前方後方墳、前方後円墳、形も向きもサイズも様々だ。
また、見てはっきりそれとわかるものもあれば、「どれよ?」というものも少なくない。

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↑これはここでは大きい方で、しかも形がはっきりしているから、現代人たちも整備の意欲がわいた一基なのだろう。
樹木はきれいに除去され、芝生で覆われた前方後円墳である。

手前が方墳、奥の少しだけ高い方が円墳。興奮する。

しかし・・・
「蜘蛛だ」
「蚊が」
「草が」

じっくり探索するにはうるさい同行者がいない時の方が良さそうだ。
また来よう。ここはすごい。

(完)






  1. 2016/10/07(金) 08:59:40|
  2. 温故知新
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H28「本決算市」のおしらせ

「今日の今日」のご案内になってしまいました。申し訳ございません。
標記催事、次の通りご案内申し上げます。



img041.jpg



皆様のご来店をお待ちしております。
どうぞよろしくお願い申し上げます。

店ロゴ(小)




  1. 2016/10/05(水) 10:03:32|
  2. 店からのおしらせ
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下小松古墳群+α(前篇)

県南うきたむ地方川西町。
その地を通る大動脈R287号のすぐそばに、東北地方でも稀な大古墳群がある。
下小松古墳群である。

我が町から53Kmあるが、国道一本で行けるのが魅力だ。
いつも車やバイクでそばを走り去り、「いつかは立ち寄りたい」と考えていたが、昨日の定休、遂に実現した。

その前に・・・

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今年初めてだろうか、寒河江から107キロ南にある喜多方へ腹ごしらえに行ってきた。
この日の行列は1時間ほど。日曜としてはラッキーな方だ。

ではお馴染みの写真を。(え?「見なくていい」?ま、そうおっしゃらずに)

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上が「肉そば大盛り」1050円、下が「支那そば」650円。
例によってチャーシューを数枚、私の前者から妻の後者へ移動。
これで夫婦揃ってちょうどいい満足感を得られるのだ。

この行列で驚きの出来事があった。
山形市の友人ご一家が、我々夫婦の数メートル後ろに並んでいたのだ。いやはや!
(行列写真の人物たちは無関係です)




下小松古墳群は、我が家と喜多方のちょうど中間にあるんだなあ。

(後篇につづく)






  1. 2016/10/04(火) 07:18:39|
  2. 食う!
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落胆

御礼
昨日は一つの記事に多大な「拍手」を頂きありがとうございました。
有り難く、心から御礼申し上げます。





月初めから衝撃的かつがっかりするしらせが舞い込む。

当節大した商いができているわけではないが、
私が修行を終えて家業を継いだ瞬間(昭和58年5月)から取引が始まった仕入先がある。
地方問屋さんだ。

その会社の前代表取締役(現同役の父上)が、出入りなさっていた銚子の呉服店で、
修業中の私に目を付け、私が修業を終えるなり寒河江の当店にもいらっしゃったわけだ。

「専務(当時、彼は私をそう呼んだ)、我が社はね、いや、我が〇〇という産地全体がね、関東とはまあまあ商いができているが、〇〇以北の地盤はとても弱体なんです。これからは御店を橋頭保(この言葉わかりますか?)として北にも伸ばしていきたいんですよ」

30数年前、元帝国軍人らしい単語を使ってその会社の先代はピヨピヨの私に語った。

大正末期か昭和初め生まれの先代が亡くなられて20年も経つだろうか、
その後は私より若い御子息(当主)に世話になり続けている。

小いさな店なりに、その会社とは平成10年代の初め頃まではまずまずの商いができていたような気がする。
ここ10年かそこらは全く低調ではあるがしかし、今日に至るまでずっと、彼の会社でなくては出来ない仕事を依頼し続けている。
また、互いの冠婚葬祭など、プライベートでも随分お世話になってきた。




その彼がこの度その業務をやめるというのだ。もちろん会社は解散せず、他の業務は続けるのだろうが。
が、ある種の呉服の卸とその加工を全廃するということは、わが社にとって彼の会社は無くなるのと同義。

彼と彼の会社にはまだまだ力があるのに、大口の卸先が相次いで廃業したのがこの度の判断に至った原因のよう。
断腸の思いであろう。とても理解できる。

当店はお客様のために彼の代わりになる会社を捜さなければならない。
捜さなければお客様に不便をきたす。



他人ごとではないのだ。
例えば当店がまだ大丈夫でも、
1.産地や卸が衰退していけば、売る商品を調達できなくなる
2.和裁師がいなくなれば、呉服地が売れても仕立てられない
3.紋屋、しみ抜き屋がいなくなっても同じ
わが業界は自分だけ大丈夫でも全然だめなのである。(どの業界も同じか)









  1. 2016/10/02(日) 08:24:33|
  2. 店主の日記
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9月所感

今日から10月ですねー。
毎年、アース・ウインド&ファイヤーや、竹内まりやさんの名曲が頭の中で鳴り響く、9月はあっという間に過ぎ去りました。

皆さんはいかがなひと月でしたか?
私はというと・・・
プライベートの方は、月初っ端から長年渇望していた大型バイクによる箱根・伊豆走行を果たし、幸せだったなー。

そして仕事の方も、閑古鳥が鳴いていた暑く長く死にそうな夏がやっと終わり、
9月に入り涼しくなると同時に、様々なご用を携えてお客様がいらっしゃるようになりました。
呉服屋の典型的なパターンです。ほっと一息でした。

また、9月と言えば弊社の会計年度初月。ということは8月末日が決算。
またまた昨年度も厳しい現実を突き付けられた一年でした。

それでも何とか無事に新年度を迎えられること。
これ全てお客様のお引立てと、ご関係の方々のご協力のたまものですね。
心から感謝し、厚く御礼申し上げます。ありがとうございます。

一つの仕事で30数年突っ走り、ふと気づけば頭も体もその能力のピークを過ぎている年齢。
でもまだ頑張りたい。呉服屋という仕事を通してまだまだお客様のお役に立ちたい。
引き続き皆様の倍旧のお引立てとご指導ご鞭撻を賜りますよう、よろしくお願い致します。


ろご





  1. 2016/10/01(土) 06:49:32|
  2. 店主の日記
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プロフィール

佐藤達也 四代目店主

Author:佐藤達也 四代目店主
呉服・和装・印伝専門店

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