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お陰様で創業106周年。店主エッセイが多いかな。

秋田岩手⑦(完結編)

7月20・21日の、二日間の銀婚記念旅行も終わりに近づいた。
田沢湖、角館と進み、横手への近道ルート途中、ちょっと寄り道。

初めて訪れる払田柵(ほったのさく)址だ。
広大な柵址の道路向かいには秋田県埋蔵文化財センターもある。

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まずは復元された門が出迎える。

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それをくぐると自然の丘陵を利用した払田柵(ほったのさく)址が現れる。広大だ。

CIMG9679 - コピー

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陸奥、出羽、越後に10カ所ほどあった、朝廷の東北進出・経営拠点の一つなのだ。
征東将軍自らが出張し、最大拠点となったのが多賀城と思うが、朝廷の大拠点は一カ所だけではなかったのだ。

それはそうだ。蝦夷の住む東北はあまりに広大で、多賀城一カ所で目的を果たせるはずがない。
わが県の酒田にも柵があったようだ。

蝦夷と朝廷が睨み合う1200年前の東北地方。
一体どんな空気だったのか、興味は尽きず想像の翼を広げるのみ。

ところでこの柵の立地は非常に多賀城政庁跡と似ている。
小高い丘の上は四方を見渡すことができ、東北制圧・経営の道半ばである緊張がひしひしと伝わってくる。

だが、朝廷に抗う蝦夷の最大勢力は今の岩手県に存在したと聞いている。
払田柵は、多賀城・桃生(ものう)城・伊治(これはる)城あたりの太平洋側よりは緊張は緩かったかもしれない。

ここから二時間以上かけて帰宅。無事に銀婚記念旅行を終えた。
振り返ってみると、なんだか二日間とも「遺跡史跡巡り」みたいな行程になってしまった。
妻はこれでよかったのだろうか。

皆様長々おつきあい下さりありがとうございました。

(完)





  1. 2014/08/14(木) 20:51:45|
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