呉服・和装・印伝 山森呉服店掲示板

お陰様で創業106周年。店主エッセイが多いかな。

海鮮丼と延沢城址(後篇2-1)

このカテは果たして「バイク」でいいのか。「食う」カテじゃないのか?
それとも「歴史」とか「古城探訪」とか、新カテを立てた方がいいのか。ともかく続けます。

中新田(バッハホールに一度行ってみたい)から美しい鍋越国道で奥羽山脈を越える。
尾花沢が近づくにつれてムズムズと寄り道がしたくなった。

真っ直ぐ進み尾花沢で国道13に出ることはせず、途中左折し、難所「背あぶり峠」を経て村山市楯岡に出ることに。
だが途中、尾花沢市延沢地区を走リ抜ける際、「延沢城址」の看板が目に入ってしまった。

日没にはまだ猶予があるので、友人の同意を得(無理矢理か)立ち寄ることに。
延沢城は典型的な山城だ。静かな延沢地区の中心に常盤中学校があり、その敷地に登り口があった。

CIMG9984.jpg

CIMG9985.jpg

若干草生(む)した、しかしわかりやすい登山道をひたすら登る。結構きつい九十九折(つづらおり)の道だ。
人間のできた友人は一言も文句を言わずに付き合ってくれる。
15分かかったろうか、山頂に到着。ここが本丸跡だ。


CIMG9976.jpg

本丸跡中央にそびえる大木は

CIMG9975s - コピー

廃城から350年ー。育ったわけだ。延沢城をものすごく簡単に説明すると。↓

CIMG9972.jpg

延沢(のべさわ)さんは、織田さん因縁の天童合戦を機に最上さんの将になったのか。
築城したのは満重さん。
天童合戦、関ヶ原、そして東北の関ヶ原(現山形市長谷堂)の、波瀾万丈時代に遭遇したのはその次の満延さんか。
次の光昌さんは徳川さんに運命を委ねることに。

その改易から廃城までの45年もの間、この城は一体誰が居て、管理し、どんな状態だったんだろう。
なんて、興味は尽きない。

(2-2につづく)





  1. 2014/10/16(木) 21:34:21|
  2. バイク
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
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コメント

結構遠かったですね、運動不足で筋肉痛になりました。
  1. 2014/10/18(土) 14:11:22 |
  2. URL |
  3. ガスマン #-
  4. [ 編集]

ガスマンさん毎度!

ほとんど自慢できるものは無いのですが、
様々な運動や肉体労働後の筋肉痛はここ数年ありません。
歩き続けているせいかな?それとも齢?
ガスマンさんの筋肉痛は若い証拠かな?
ともかく、お付き合い下さりありがとうございました。
  1. 2014/10/18(土) 14:40:04 |
  2. URL |
  3. おれ #-
  4. [ 編集]

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