呉服・和装・印伝 山森呉服店掲示板

お陰様で創業106周年。店主エッセイが多いかな。

東京物語②

私はこの度、東京について何を書きたいのか。
いくらおバカでもすべてをここに曝すことはできない。

誠に失礼ではあるが、これをお読み下さる親愛なる皆様を少々欺きつつ、
そして自分の心の中を探りながら書き進めるしかないのである。
ご容赦下さい。インターネットの宿命です。



二十歳前後の6年間、実家を留守にした。
18歳から21歳までの4年間は就学のため。次の二年強は家業を継ぐ修行のために千葉県銚子で暮らした。

学生時代の初めの一年は静岡県三島で過ごした。そこが指定のキャンパスだった。
その後の三年間は都心の校舎に通った。その時に東京暮らしをしたわけだ。

その三年間は、一言で表せば「さびしかった」に尽きる。
三島では級友たちは小さな町にかたまって暮らしていた。それこそみんなが歩いて行けるような距離にいた。
また、アパートではなく二食賄い付きの下宿生活だったために、住まいでも必ず誰かがいた。

だが、大東京に移るとみんな離ればなれ。
ごく少数のうんと親しい友人以外にはめったに会えなくなってしまった。

初めてのアパート暮しはさびしさの極致だった。
同じ建物に住む人たちとは会うことも滅多に無く、むろん口をきく機会など皆無だった。

その結果、随分友人たちのアパートに転がり込み、泊まらせてももらったし、
バイクで一時間くらいの、神奈川県の叔母の家にも相当回数転がり込んだ。

一人夜のアパートで無性にさびしくなった時や、仕送りが底をつく度に飯を食わせてもらいに走ったっけ。
いま反省してみると、親しい友人たちとはいえ、また叔母にとりたった一人の甥とはいえ、
全く迷惑をかけなかったとは言えないかもしれない。

(つづく)







  1. 2014/11/25(火) 22:19:24|
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