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お陰様で創業106周年。店主エッセイが多いかな。

稲荷森古墳

に行ってきた。
南陽市赤湯だから、高速を使わずとも一時間で行けた。

CIMG0166.jpg

このわが県唯一の、それも大きな前方後円墳を訪れるのはこの齢になって初めて。
嫌いでない割には怠慢というか不勉強というか・・・

前方後円墳は八日前にも間近に見た。明日香村の天武・持統陵だ。
が、地元でこんなにきれいな、整備されたものが存在していたとは驚きである。

この7月、次女の仕事の運転手をした時にやはり初めて立ち寄った、川西町小松の「天神森古墳」は「前方後墳」だった。
また、10年も前に訪れた山形市菅沢の丘の古墳は「円墳」だった。

やはり古墳は個人的には「前方後円墳」が最も古墳らしいと感じてしまう。
小学校の社会の教科書に、仁徳天皇陵の俯瞰写真などが載っていた影響か。

しかし昭和55年に国指定史跡になったこの古墳、見事にきれいな陵だ。

CIMG0171.jpg

全長96メートル、後円部直径62メートル、同高さ9.6メートル。
4世紀に造られたと推定される県内最大、東北6位、日本海側北限の前方後円墳。
土豪の王(首長)の墓ということだ。

それにしても発見が昭和9年とは不思議な気もする。
また、まだ発掘調査が為されていないのか、内部はよくわかっていないとのこと。
しかし先日訪れた石舞台古墳のような「石室」は無く、木の棺がそのまま埋められたらしい。

CIMG0182.jpg

↑ 後円部頂上からの前方部

CIMG0183.jpg

↑ 後円部頂上の広場   目前に赤湯小学校が見える。


山形菅沢の円墳は小さく、川西小松の前方後方墳は木々に覆われ低く・・・
稲荷森ほどはっきりきれいな地元古墳は無いのではないか。
ただただぶったまげた。関西に行かずともこんなににすごいものが見られるのだ。

朝廷に恭順済みだったと思われるわが郷土の土豪は、平城京造営のずっと前の朝廷に憧れを抱いていたのかな。
岩手の蝦夷(えみし)、阿弖流為(アテルイ)の乱は、この墳が造られてから3百数十年も後のことである。





  1. 2015/10/26(月) 20:53:42|
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