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お陰様で創業106周年。店主エッセイが多いかな。

高野山③(奥の院他)

10月19日(月)。

さあ、壇上伽藍、金剛峰寺という高野山の二大聖地を見終わってもまだ午前。
いよいよ足で歩いて三番目、同山東端の大スポット奥の院に向かう。

ここは先日書いた通り、30数年前バイク一人旅の時にも訪れた所だ。
が、記憶はあまりない。

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奥の院は秋の陽に美しく照らされていた。

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覗き込み、底の水に自分の姿が写っていないと余命は三年以内という伝説のある「姿見の井戸」。
水と光がある限り見えない訳は無いから、とても安全な伝説なのでは?

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秀吉公や前田さん、毛利さんや伊達さん、酒井さんや佐竹さん、石田さんや島津さん、
全国各地の大大名の墓所が数え切れないほど並んでいる。
一体どれだけ歩けば弘法大師様の霊廟に辿り着くのだろう、というほど長い長い墓所・参道だ。

だが遂に奥の院に到着。

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この川の先は大師様の聖地。完全撮影禁止。拝観料を支払い、堂内を見学。
最後に地下に降り、大師様が今も瞑想を続けておられるという真ん前まで行ってお参り。
ここはすごかった。

壇上伽藍金堂ご本尊御開帳参拝と並び、実はここが遥々高野山までやってきた二大目的の一つなのである。
大師廟参拝は非常な感動があったのだが、今となっては文章に表すのが大変なので割愛する。

私(我が家)はなまんだぶの門徒なのだが、今回だけ
南無大師遍照金剛 南無大師遍照金剛

また長い長い参道を戻る。とその時、無数の墓所の中からこれを見つけた。

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信長公墓所のあるこの地にあるのだ。

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光秀公の墓石の真ん中のやつが、何度取り替えてもこのように真っ二つに割れるのだとか。
伝説が生まれるわけだ。

長時間の奥の院ウオーキングを終えると、午はとうに過ぎている。
疲れた足に鞭打ち、昼飯をさがしてまた歩く。

この地は、参拝・観光客が多い割に食う所が異様に少ない。
小さなありふれた食堂に入り、13時半頃だったか、やっとありつく。

食後でもまだ時間がある。次は少々バスに乗って徳川家霊台へ。

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手前が家康公の、奥が秀忠公の廟。この二人の廟が並んでいる。
家康廟にはご覧の通り鳥居があり、秀忠公のものには無い。なんでだろう。


次は最後の訪問地「大門」へ歩く。足がきつい。ラストスパートだ。頑張れ。

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説明通りの立派な門だ。

午後3時を過ぎた。またまた歩いて駐車場へ。
午前9時ちょうどから始まり6時間以上。私も妻もよく歩いたものだ。足が棒。
日頃のウオーキング習慣が少しは功を奏したか。


和歌山県橋本市からここまで登ってきたR370の30余キロもひどかったが、
32年前にもバイクで走ってあまりのひどさに驚いたR371でまた橋本へ下る。
スリル満点の道路だ。が、楽しかった。

秋の日はまだ暮れない。橋本市近郊の九度山町へ向かう。
関ヶ原後、家康は真田幸村を蟄居(幽閉?)させたのが九度山なのである。


(高野山編は完。とりあえず、お読み下さりありがとうございました。でもまだ九度山と五條が残っている。)
(もっと言えば「長野ツーリング:真田への旅」も、まだ上田と小布施を書いてない。困った)







  1. 2015/11/06(金) 21:46:51|
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