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お陰様で創業106周年。店主エッセイが多いかな。

城輪柵(きのわのさく)跡

きのうの定休日。史跡巡り三週連続。
酒田市西北郊にある、城輪柵を初めて訪れた。寒河江から100Kmほどあった。


CIMG0402.jpg


ここも以前から行きたかったところだ。
車やバイクで何度もそばを通りながら、今頃の初訪問となった。

CIMG0413.jpg


平安時代の出羽国府跡とみられている。国府。すべては朝廷から見た言葉である。
ここは当時の朝廷にとって、太平洋側の多賀城と並び、東北日本海側の重要なベースだったことだろう。

一説には、出羽(今の秋田・山形県)の蝦夷(えみし:当時の東北地方住民の、中央から見た蔑称。アイヌといった異民族のことではない)は、陸奥北部(今の岩手・青森県)の蝦夷よりも早く平定されたとか。

今の山形県飽海郡の「蝦夷」たちは、立派な国府を「ふーん」などといいながら、あまり苦にもせず見ていたのではないか。
開府は阿倍比羅夫(あべのひらふ)探検のどれくらい後のことなのか。興味は尽きない。



これで東北の国府は、秋田県の払田柵(ほったのさく)、多賀城に次いで、三ヵ所目の見学となった。
あとは岩手・宮城の伊治(これはり)城、桃生(ものう)城、胆沢城、紫波城、そして新潟県の淳足柵(ぬたりのき)。
この辺をじっくり訪れたい。


CIMG0420.jpg

城輪柵はこんな所にある。
日々鳥海山を眺め、朝廷から遣わされた役人たちはどんな気持ちだったか。




付き合ってくれた妻は帰宅後言った。
「はっきり言って、今日にしろ先週にしろ、あとから造られた(復元された)ものを見てもあまり感動は無い」

Oh! my God! Oh! my God!

それは当然だろう。
復元されているものを見るのではなく、別のものを感じ、想像を巡らすのが史跡見学というものだ。







  1. 2016/03/07(月) 20:53:45|
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