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お陰様で創業106周年。店主エッセイが多いかな。

歴史備忘録(出羽国成立)

出羽国。皆様ご存知の通り、ほぼ現在の山形県と秋田県を合わせた地と覚えて間違いない。

大和朝廷は越(こし:現在の新潟県)から先の日本海側に支配地を拡大するため、現山形県庄内地方に出羽郡を置いた。
それが和銅8年(西暦708年)だ。

ついで和銅5年、陸奥国(現福島県・宮城県・岩手県・青森県)から、
今の山形県の最上(裳上)地方と置賜(うきたむ)地方を出羽国に割いて持ってきて出羽国が成立した。
今から1300年以上前のこととなる。

当時の出羽の原住民(異民族ではない。出羽に住んでいた民。朝廷は蝦夷《えみし》と蔑称した)は様々だったろう。

1.朝廷に恭順し、平穏に暮らし続けた者。
2.恭順どころではなく、朝廷に取入って階位を得た者。(これは蝦夷の中でも身分の高い者だけだろうが)
3.朝廷に強い不満を持っているものの、やむを得ずそれを押し殺して従った者。
4.阿弖流為(アテルイ)のようにはっきりと朝廷に抗った者。

だが、朝廷の東北への版図拡大は大局的に見て「辛うじて」、「なんとか」うまく行ったから今日に繋がっているのだろう。
阿弖流為の乱、安倍氏の乱(前九年後三年の役)、平泉藤原の悲劇、直近では会津・庄内藩の西南戦争。



出羽国成立のタイミングだけ書こうと思っていたのだが、少々筆が滑ってしまった。
山形県寒河江市生まれの私と、数百年はここに根付いていると思われるわが一門。

でもその前は・・・
どこから来たのかわからない。

朝廷は自分から見た「辺境」に、人民をどんどん入植させたからだ。
東北に生まれたから必ず当時の蝦夷の末裔とは限らない。

でも・・・
我々はこの出羽国に暮らしている。
何度も何度も朝廷に、幕府に、明治政府に負け、大震災にやられ。
それでも絶えることなくこの大地に暮らしている。

もっと遡れば、出羽国成立当時の蝦夷だって、更に昔はどこから来たのかはわからない。
だから・・・
「東北に住んでいる者」がいつの時代も本物の「蝦夷(えみし)」の定義なのではないかと思う。
だから・・・
我々は決して何事にも屈しない、誇り高い土地に暮らす「蝦夷」なのではないか。



あー、益々筆が滑ってしまった。







  1. 2016/03/24(木) 22:08:23|
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