呉服・和装・印伝 山森呉服店掲示板

お陰様で創業106周年。店主エッセイが多いかな。

寿司店と呉服店①

5月の函館では軍艦二貫で800円のウニにぶったまげたが、この回転寿司というやつ、懐にはありがたい。
もしもそれが無い世の中だったら、「うな重」と同じでごくたまにしか寿司にはありつけないかもしれない。

さて、私が東京で学生生活を送っていた二十歳頃が回転寿司の出始めだったように記憶している。
間違いだったらごめんなさい。

アパートからは渋谷か新宿が便利だったせいだろう、回転寿司の記憶は主に道玄坂あたりに集中している。
その頃の回転寿司は別名「百円寿司」とも言ったような気がする。

今の某チェーンのように、まず間違いなく何でも一皿百円だった。
また、今のように自席のディスプレイでも注文できるという方式は無く、つべこべ言わず、
基本は流れている皿をじっと見つめて好みのものをとるしかなかった。

二十歳頃と言えば食欲のピークだ。
10分ほどで15皿くらいを平らげ、腹はまだ八分目なのだが、いつもそれで我慢した。

当時は消費税も無かったから、15皿なら1,500円だ。
しかし今考えれば、たまにとはいえ、なんで貧乏学生が一食に1500円払えたのか。
きっと仕送りやアルバイト料を手に入れた直後の贅沢だったんだろうと思う。




あれから30数年が経った。
もちろん東京よりは遅かったものの、寒河江にも相当昔に回転寿司ができた。

平成10年代はダチが寿司屋を開いていたのでよく「本物」を食いに行ったものだが、
残念ながら彼が閉店してからは私にとって回転寿司店は貴重な存在となった。

今や一皿の値段は80円・100円を皮切りに相当高いものまで様々となったが、
それでも食いようによってはまだまだリーズナブルだし、選択肢が増えたことは嬉しい。

ところが50歳あたりからは、6~7皿も食えば腹いっぱいになるようになってしまった。
若い頃の半分も食えなくなったのに腹は出るばかりなのが不思議である。

(つづく)






  1. 2016/07/16(土) 09:43:53|
  2. きもの・和装
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