呉服・和装・印伝 山森呉服店掲示板

お陰様で創業106周年。店主エッセイが多いかな。

落胆

御礼
昨日は一つの記事に多大な「拍手」を頂きありがとうございました。
有り難く、心から御礼申し上げます。





月初めから衝撃的かつがっかりするしらせが舞い込む。

当節大した商いができているわけではないが、
私が修行を終えて家業を継いだ瞬間(昭和58年5月)から取引が始まった仕入先がある。
地方問屋さんだ。

その会社の前代表取締役(現同役の父上)が、出入りなさっていた銚子の呉服店で、
修業中の私に目を付け、私が修業を終えるなり寒河江の当店にもいらっしゃったわけだ。

「専務(当時、彼は私をそう呼んだ)、我が社はね、いや、我が〇〇という産地全体がね、関東とはまあまあ商いができているが、〇〇以北の地盤はとても弱体なんです。これからは御店を橋頭保(この言葉わかりますか?)として北にも伸ばしていきたいんですよ」

30数年前、元帝国軍人らしい単語を使ってその会社の先代はピヨピヨの私に語った。

大正末期か昭和初め生まれの先代が亡くなられて20年も経つだろうか、
その後は私より若い御子息(当主)に世話になり続けている。

小いさな店なりに、その会社とは平成10年代の初め頃まではまずまずの商いができていたような気がする。
ここ10年かそこらは全く低調ではあるがしかし、今日に至るまでずっと、彼の会社でなくては出来ない仕事を依頼し続けている。
また、互いの冠婚葬祭など、プライベートでも随分お世話になってきた。




その彼がこの度その業務をやめるというのだ。もちろん会社は解散せず、他の業務は続けるのだろうが。
が、ある種の呉服の卸とその加工を全廃するということは、わが社にとって彼の会社は無くなるのと同義。

彼と彼の会社にはまだまだ力があるのに、大口の卸先が相次いで廃業したのがこの度の判断に至った原因のよう。
断腸の思いであろう。とても理解できる。

当店はお客様のために彼の代わりになる会社を捜さなければならない。
捜さなければお客様に不便をきたす。



他人ごとではないのだ。
例えば当店がまだ大丈夫でも、
1.産地や卸が衰退していけば、売る商品を調達できなくなる
2.和裁師がいなくなれば、呉服地が売れても仕立てられない
3.紋屋、しみ抜き屋がいなくなっても同じ
わが業界は自分だけ大丈夫でも全然だめなのである。(どの業界も同じか)









  1. 2016/10/02(日) 08:24:33|
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