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お陰様で創業106周年。店主エッセイが多いかな。

最上小国城址初訪問

四百数十年前、第11代山形城主最上義光(よしあき)の、最上八楯(寒河江・谷地・天童など)攻略に多大な貢献をしたのではないか。
現天童市蔵増(くらぞう)の城主倉津さんは義光さんの覚えめでたく、現最上町の中心、現向町を見下ろす山城、最上小国(おぐに)城主に栄転した、といった話を読んだことがある。
(後記:権威ある先生の書物によると、倉津さんの栄転理由は、八楯攻めではなく細川小国さん攻めとあった)

去る二日、現役パイロットの従弟と共に、同城址の本丸跡(山頂)まで登山してきた。
麓に公民館があり、そこに車をとめた。登山口までゼロメートルである。
そこにはお定まりの案内板があったが、ペンキ書きやスクリーン印刷ではなく、珍しくビニールフィルムに印刷され貼ってあったが、なぜかびりびりに破れてほぼ全失状態だった。
残念。

息が弾まぬようゆっくり登ると、20分もかからず本丸跡に着いた。
今は本丸はじめ、全山が杉林に覆われている山城だが、なかなか良さそうな山頂平だった。
本丸跡を示す木製標柱が一本と、細川殿様(元々のここの城主細川さんの末裔か)隣席の下、数年前に神事が執り行われたことが記されている質素な記念板が一つあるだけだった。

DSC_0865.jpg


いつものように登山道沿いから見渡せる景色だけが我々にとって全てだったのだが、素人でも見事な二重帯曲輪(くるわ)や、なかなか深い空堀を一カ所ずつ視認することができた。
満足して下山し、駐車場に一歩踏み出すと、オニヤンマとトカゲが我々を見送ってくれた。

最上地方の城址巡り、小規模な楯(たて)はまだまだこれからだが、新庄、清水、鮭延、そして小国と、最も訪れたかった所はほぼ踏破できた。
大変幸せである。

次はどこへ行こうか。
あ、最上地方であればまだ一つあった。現鮭川村だろうか、庭月城址がまだだったな。




  1. 2017/08/06(日) 08:52:21|
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